第12話 ホワイトチャペル2
上のほうを見回していたゾーイが、みあげたままエヴァに答えた。
「エヴァさん、そりゃ、当然さぁ、もうすぐ夜だからねぇ」
「あぁ、それにきたねぇ」
呪詛のようにマリアが不満を呟いてきたが、エヴァは無視するように言った。
「ウエスト・エンドのほうはガス灯がありましたわ。ここじゃあ、部屋から漏れる明かりだってほとんどないじゃないですか」
「だって、それがイースト・エンドなんだろ?」
ゾーイがエヴァに相槌とも否定ともわからないことばを投げかけた。セイが言った。
「でも、たぶん、ここは真っ昼間にきても薄暗いと思うよ。それに……」
セイは頭に手をやって、先頭をいくゾーイに声をかけた。
「ゾーイ。いったいここはどこなんだい。ボクは完全に方向感覚をうしなったよ」
それを聞いてマリアが胸をなで下ろすように漏らした。
「なんだ、セイもか。オレはさっきからおなじとこを歩いているとしか……」
先導していたゾーイがふいに足をとめた。
「セイさん、マリアさん、すまないねぇ。どうにも要引揚者のシグナルが弱くてさぁ……」
「気にしないでください。わたしたちでは本人を目の前にでもしない限り、要引揚者がだれかがわからないのですから。遠くから気配だけでも探れるゾーイさんに頼るしかありませんのよ」
エヴァがゾーイを気づかうように言うと、マリアも反省するように追随した。
「まぁ、エヴァの言う通りだ。こんな臭くて、目が痛くて、物騒な場所、はやく出ていきたいけどな。オレたちじゃあ、どこの誰をさがせばいいのか……」
「顔や姿は見えてるんだよ。だけど場所がさっきから動いていてどうにも……」
「顔がわかってるのなら、誰かに訊いてみたらどうかな?」
セイはゾーイに気をつかわせたことが申し訳なく思えて、すこしでも負担を軽減できそうな提案をしてみた。だれかいないか辺りを見回す。
セイはハッとした。いつの間にか周りの部屋から住人たちが、自分たちを見つめていた。割れた窓から見慣れない闖入者を見つめる冷やかな目——。
どうやらそれにマリアたちも気づいたらしかった。
「どうもオレたちは浮いているようだな」
「申し訳ありません。どうやらこの程度のみすぼらしい格好では、ここの住人には見過ごせないようでした」
スピロがため息まじりに謝罪した。
「このぼろ服でですか?。粗末な素材で縫製もよくないし、穴だって空いているのですよ」
エヴァがスピロの見解に驚きの声をあげた。
「エヴァ様、よく住人たちの服装をご覧ください」
エヴァにつられてセイも窓のむこうの住人たちを注視した。煙っていて見えにくかったが、それでもそこの住人は、衣服というレベルのものを着ていない気がした。
ボロ布をからだに巻きつけている、という印象だった。