第11話 ホワイトチャペル1
冷たい木枯らしが街路の落ち葉を舞いあげた。
セイたちはゾーイに先導されながら、大通りから路地に足を踏み入れた。
そこは煤すまみれになった、むさくるしい煉瓦の建物が並んでいた。あたりを行き交う人々が疎らになりはじめた。道ゆくひとは、大通りにいたひとびととは、ずいぶんちがってみえた。みな背が低く、痩せさらばえ、みすぼらしい身なりのうえ、煤で黒く汚れていた。誰もがうなだれた表情で、咳き込んでいる。
「これがスラム街かい」
セイがおそるおそるスピロに尋ねてみた。
「えぇ、その一部です。ロンドンはほとんどの場所から5分も歩けば、なにかしらのスラムに行き当たるのです。ここがどこかはわかりませんが、どこを通っても惨めな貧困の証拠を見ないでいることはできないのです」
スピロの指摘通り、ウエスト・エンドからすこし歩いただけにもかかわらず、みるみると街の様相は変わっていった。足元の丸い石畳は次第に歪みが強くなり、タイルがとれている箇所も増えてきた。凸凹が激しい箇所では、その隙間に粉のような馬糞の藁屑がうめてあった。しかも路地を曲がるたびに道幅が狭くなってきていた。
何度か小路の十字路を曲がったところで、あたりにあったわずかな喧騒がぴたりとやんで静寂が訪れた。それは静寂というよりも虚無というべきものだった。華やいだ『音』すらここでは贅沢品とでも言われて、なにものかに搾取された。そういう印象すら受けた。
あいかわらず両側にはみすぼらしい煉瓦の建物が並んでいた。それはアパートメントをずっと下等にした二階から三階建ての貸間長屋で、何度、路地を折れ曲がっても、一様に同じ作りのしみだらけ古いレンガ建てが果てしなく続いた。
すでに贅沢品の『色』はすっぽり抜き取られ、建物はただ灰色の壁にしかみえない。いくぶんちがうのは灰色の濃淡だけで、それすらも迫り来る夕闇に搾取されようとしていた。
エヴァが狭くなった道幅を指摘した。
「やけに狭くなりましたわね。10フィート(約3メートル)もありませんわ」
「ああ、それにきたねぇ」
マリアが唾棄するようにひとこと付け加えた。
やがて街のどっからか饐えた、死臭のようなものが漂ってきた。
「おい、おい、ここは死に神のねぐらじゃねぇよな、悪魔じゃなくて」
さすがのマリアもその異様な雰囲気に呑込まれて、つい皮肉めいた軽口を叩く。
セイは街並みを見あげた。
よくある低層の住宅街のはずだが、狭い道から見あげるせいで異様に高く見える。
「やけに暗いですわね」
「あぁ、それにきたねぇ」
エヴァがふたたび忌々しげに言うと、マリアも追随した。




