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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ6 切り裂きジャックの巻 〜 コナン・ドイル編 〜
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第8話 19世紀ヴィクトリア朝のロンドン1

 ヴィクトリア朝のロンドン——。


 19世紀のロンドンは産業革命により、世界一の経済先進国として君臨していた。

 鉱山、製鉄、造船、紡績、機械などの技術革新が成果を挙げ、自由貿易の名のもとに世界市場を独占した。鉄道が開通したことで地方から人々が上京し、ヨーロッパ大陸からは外国人労働者が『出稼ぎ』に押し寄せた。

 資本主義が興隆し、国民は資本家階級と労働者階級に色分けされて、貧富の差がおそろしく広がった。労働者は低賃金、劣悪な環境、過酷な勤務をしいられ、四十歳まで生きられないほどだった。それでも人の波は衰えなかった。

 19世紀末のロンドンの人口は500万人を突破し、600万人に迫る勢いだった。100年間で四倍以上にも激増しており、その同時期のパリがその半分にも満たなかったことと比較すると、いかに異常な人口集中が起きていたかがわかる。


 とくにこの19世紀末はシャーロック・ホームズの活躍した舞台として、おおくの人々にもなじみがある時代背景だ。21世紀においても数多(あまた)の小説や映画やアニメに、憧憬とともに取りあげられ続けている。

 執事やメイドがかしずく上流階級の優雅な生活、家紋がついた四輪の大型箱馬車(ブルーアム)や、女性の尾散歩用の小型無蓋二輪馬車(ヴィクトリア)に揺られながら眺める、ヴィクトリアン様式のランドマークの数々——。

 ウェストミンスター宮殿、ロイヤル・アルバート・ホール、タワー・ブリッジ、テート・ギャラリーやロイヤル・オペラハウス等々。

 当時からその街並みをほめそやすことばは数多く聞かれた。


 だが、実際のロンドンはそんなものではなかった。

 19世紀を通じて、訪れたひとは決まってこう言ってけなした。


 文明世界のどの都市よりも汚い街路——。


 元凶となっていたのは『汚泥』。

 汚泥は道路いっぱいに広がり、歩道にまで飛び散っていた。その正体は『馬糞』が(すす)で汚れて真っ黒になったものだった。しかも車道の舗装に使われていた『骨材(コンクリートやアスファルト混合物を作る際に用いられる材料である砂利や砂などのこと)』は削れやすかったため、石の粉と馬糞がまじりあって、ねっとりとした糊状になった。そのため『ブーツが脱げるほど』にねばついた。

 やっかいなことにこの糞は悪臭がするだけでなく、(もや)がでると滑りやすくなり、馬が『氷の上にいるかのように路上で転げ回る』のだった。転倒した馬が糞の泥にまみれてもがく光景は日常茶飯事だった。転倒した馬は手の施しようがないことも多かったので、『消防士』のようにいつでも身支度してスタンバイしている『食肉処理業者』たちが、我先に駆けつけた。その場で解体処理が行われることもあり、やじ馬の格好の的になった。

 この糞の泥土では、ひともおおく転んだ。

 たとえどんなに注意深く歩いたとしても、馬車がちかくを通り過ぎれば、糞の泥をはねあげられるため、どんな貧乏人も金持ちも、服が汚れる『洗礼』からのがれるのは難しかった。さらに被害は靴や衣服にとどまらなかった。配達中の食べ物や商品、家の玄関や窓にまで泥が跳ね掛かった。

 

 おそろしいことに、この糞の汚泥は、雨が降ると液状になり、乾くと『コーヒー色の泥』が風にのって、衣服を汚し、目や喉を刺激した。


 1890年頃にはロンドンを往来する馬は30万頭とピークに達し、一日1000トンの糞と計測できないほどの大量の尿を街中にまき散らした。

 おかげで『靴磨き』や『横断歩道清掃人』という仕事が産まれたが、ほとんどがしつこく歩行者を追いかけてくる『物乞い』同然だった。

 

 この街が『汚泥』から開放されたのは、20世紀初頭。

 車が馬車にとって変わられるまで改善することはなかった——。

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