第7話 お召し物はすべて無駄になったようです
「ところで、ゾーイ。要引揚者の魂がいまどこにあるか見えてきましたか?」
「ええ、お姉さま。なんとなくだけどねぇ、どっちの方角だけは……」
ゾーイがためらいがちに川のほうに目配せした。スピロがため息まじりに息をおおきく吐き出した。
「みなさん。お召し物のことでいろいろありましたが、すべて無駄になったようです」
「無駄ってどういうことですの?」
「要引揚者がいる地区は、このような格好が似つかわしくない場所なのです」
「スピロ、似つかわしいとか、似つかわしくないとかあるのかい?」
「えぇ・もちろんですとも、セイ様。こんなかしこまった上流階級の服装などで入り込んだら、どんな目にあうのかわからない場所です」
「おい、どこだ、そんな物騒な場所わぁ?」
スピロが川の方角を指さした。
「あそこです」
そこにはセイも見知った建造物があった。
「スピロ、あれって跳開橋のタワーブリッジだろ。なんか作りかけだけど……」
「えぇ、二年前に着工したばかりのはずです」
「では、その手前にある城砦はロンドン塔ですわね」
「なんだ、ここはロンドンの観光名所が揃ってるじゃねぇか。なにをそんなに沈み込む必要があるんだ?、スピロ」
「現代のロンドンでしたらね……」
スピロはさらに奥のほうを指し示した。
「21世紀なら、あの向こう側に今は市民たちの憩いの場になっている『ロンドン・オリンピック』で使用されたメイン・スタジアムがあるはずですが……」
スピロはふたたび長嘆息をしてから言った。
「あそこはイースト・エンド。この19世紀末では、悪名高き貧民窟です」
「貧民窟?。そんなのはいつの時代だって、どこの国だってあるでしょう」
エヴァが怪訝な目をスピロにむけた。
「えぇ、エヴァ様、その通り……。ですが、このイースト・エンドほど絶望的で、むごたらしいほどの貧しさがはびこった街は、歴史上ないと言われているのです」
そのあまりにも悲観的な話を力強く言い切るさまにセイは驚いた。スピロらしくない。
スピロは力なく微笑んでから言った。
「さぁ、みなさま。お着替えの時間です」
「おい、スピロ。今度はオレだけ仲間はずれはなしだぞ」
「えぇ。マリア様、ご心配なく。全員おなじですわ……」
「だれがどうとか問題にならないほど、みすぼらしい服ですからね」




