第6話 オレがゲロを吐いている姿見てえか!
「コルセットで締めつけるのは勘弁しろ!。幼児体型のオレには責め苦に近いっ!」
「そうですか?。その当時、女性の内臓は弱くて支えが必要だと考えられていましたからね。コルセットなしでいることは、きちんと姿勢をとれない、すなわち、自制心に欠ける不道徳とみなされていたのですよ」
「オレは自制心に欠けるでも、不道徳でもいい!。実際にそうだしな」
「そうですか、残念です。わたくしはマリア様の細い柳腰も見てみたいと思っておりましたが……」
「スピロ、このままでいい。もしコルセットなんかつけたら、見られるのは、たぶんオレがゲロを吐いている姿だけだ」
マリアが渋々降参したところで、エヴァがセイに話かけてきた。
「セイさん。はやく要引揚者を探しませんか?。あまりここにはいたくないはありませんからね」
「たしかにそうだね、エヴァ。ここにいると気分が滅入ってきそうだ」
「できれば要引揚者が社交界の貴婦人とかだったら、ありがてぇんだがねぇ」
ゾーイがすこし浮かれたように希望を口にした。女性なのに男性の執事の典型的な身なりをさせられていることは、まったく気にならないらしい。セイにはむしろ男装のほうがボーイッシュなゾーイにはしっくりきている気がした。本人もそれをわかったうえで、それを楽しんでいるのかもしれない。
「は、ゾーイ。そんなところにその格好で行ったら、おまえはずっとそいつらを給仕するはめになるぞ。まるっきり執事だかんな」
ゾーイはそうマリアに指摘されて、自分の服装を再確認した。
「なるほど……。それは、まぁ……、そう……、光栄ですね」
その出で立ちを意識してか、ゾーイの口調が標準語になっている。
「は、ゾーイ、てめぇ、楽しんでいるってか!。気にくわねぇな」
「マリアさん、あなたも楽しみたければ、スピロさんの提案を受け入れて、コルセットに挑戦されては……、いえ、むしろ子供服を着たほうが早いかもしれませんわ」
「エヴァ。てめぇ。言うに事欠いて、ひとを子供扱いしやがって;…」
マリアが憤ってみせると、驚いたことにスピロがすぐさまそれに加勢した。
「そうですよ、エヴァ様。しつれいです。この時代では乳児期を過ぎると子供は『小さな大人』として扱われていたのです。こんなおおきな子供がいるものですか」
「いや、スピロ。それはそれですこし腹がたつな」
マリアはスピロが素で意味をとりちがえていることに抗議したが、スピロはそんなことはどうでもいい、とばかりにゾーイに声をかけた。




