第4話 ヴィクトリア朝の貴婦人スタイル
「まぁ、そうか。それはわかった……。それはいい。だがスピロ、その前にこの服装はなんだ?」
マリアが自分の服の袖の部分をつまみながら言った。
「あら、マリア様、今回のお召し物は、わたくしがこの時代にあわせて、ゾーイに用意させたものですが、なにかお気にめさなかったでしょうか?」
そう言うと、スピロは自分が身につけている服装をあらためて見回して確認しはじめた。
紫色に統一されたドレスは、タイトなスカートのうしろにたっぷりのフリルとリボンがあしらわれ、詰め物でヒップラインを強調されている。ウエストはキュッと締まって、袖山がやや高くなって、すっきりとしたデザイン。あたまには華美ではないがしゃれたデザインの小さな帽子をかぶっていた。
「とくに時代考証は間違えてないようですよ。この時代には『シンデレラ』のドレスみたいにスカートを膨らませるための『クレノリン』(ワイヤー型鳥カゴの枠組み)は廃れていますからね」
そう言ってスピロはお尻を突きだした。
「この時代の流行りはこの『バッスル』というスカートのうしろを膨らませるための腰当てです。帽子は派手にならないちいさなものをかぶります。『マイ・フェア・レディ』のような羽飾りのついた広いつばの帽子は、もうすこしあとの時代ですしね」
「そんなことを言ってるんじゃねぇ」
マリアは恨めしげな目をスピロにむけて続けた。
「スピロ、おまえとエヴァがその着飾った貴婦人スタイルなのはいい。セイのシルクハットとステッキで決め込んだ英国紳士スタイルも、ゾーイが燕尾服で『黒執事』のセバスチャンを気取ってるのも構わん。だがオレはなんだ!」
そう言われてマリアの格好を上から下まで眺め見た。
黒を基調としたレース、フリル、リボンに飾られた華美なドレス。パニエで膨らませたスカートに、靴は編み上げのブーツと、隙がない格好だった。
スピロが首を傾げた。なにに不満なのかまったくわかっていないようだった。もちろんセイにもマリアがなにに憤っているのか、とんと見当がつかない。
セイはあらためて自分の着せられている服を確認した。白いリネン製のシャツに飾り気のないボタンがついた白いウェストコート(ベスト)、黒色のダブルブレストのフロック・コートを羽織り、首元には白い蝶ネクタイを身につけていた。頭にはシルクハット、手にはなじみのいい質感の杖を握っていた。
自分で自分の姿を見れなかったが、マリアの言うように英国紳士スタイルなのは間違いなさそうだった。




