第122話 なにすんだ。ババア!
「でも、パパ。ニッポンはちいさな国じゃないわ。国土面積はドイツとほとんどおなじなのよ」
「ほんとうかい、マリア。ずいぶんよく知ってるんだね」
「まぁね。で、いつから行くの?」
「そうだね。エラ義姉さんが1カ月以内にはドイツを離れるようにと……」
「エラ伯母様が?!」
その瞬間、マリアは腹の底からなにか嫌なものが湧き出してくるのを感じた。足が震える。
「ああ、なんでも今回の仕事は『ローマ法王庁』からの依頼らしくて、エラ義姉さんのルートを通じて、こちらに要請されてきたものなんだ」
「ママは?。ママはなんて——」
「マリア。知ってるだろう?。ママはとっても忙しいんだ。政府関係の仕事をしてるからね。簡単には国を離れられない」
「パパだって、国の仕事をしているわ」
「うん、まぁ、でもパパは国の仕事を委託しているだけで」
「ママはくるの?ニッポンに?」
「もちろんさ。家族なんだから。一緒にいくにきまってる。ただ、いますぐは難しいってだけで」
「パパはそれでいいの?」
「まぁ、仕方がないさ。ほんとうはパパひとりで行くつもりだったんだ。でもエラ義姉さんから直々に頼まれたんだよ。マリアと一緒にニッポンに赴任してくれって……」
「あたしと一緒に、って……」
マリアはその瞬間すべての合点がいった。
ロルフたちと伯母のエラは最初から手を組んでいたのだと。そして自分を仲間に引き込もうとしたが、無理だとわかって、結果的にむしろ邪魔になったのだ。この決定が『法王庁』上層部の意向かどうかはわからなかったが、ドイツの『ダイバーズ・オブ・ゴッド』の支部のなかではその意志は共有されているにちがいなかった。そして、その首謀者たちのなかに、エラ・アッヘンヴァル学長とロルフ・ギュンター教授がいる。
そして彼らがコントロールのきかないマリアを、自分たちの組織から締め出すために、物理的に遠ざけることにしたのだ。
辺境の地に追放することで——。
「【なにすんだ。ババア】」
マリアは汚いことばで悪態をつきそうになって、あわてて日本語を口にした。
「マリア。いまなにを言ったんだい?」
マリアはにっこりと笑って言った。
「パパ、これはニッポン語よ。あたし、すこしニッポン語ができるの」
「へぇ、それはすごいね」
「まぁ、アニメのセリフばっかりなんだけどね」
父はうれしそうに顔をほころばせた。すくなくとも娘の前だけでは、しょげた顔を見せたくない、という父の矜持がそこにみてとれた。
「ニッポンになったのは、すこしはラッキーだったのかな……」
父は弁解するように、おずおずとマリアに同意をもとめてきた。父にそんな態度をとらさせている伯母に、マリアはあらためて怒りがこみあげてきた。
マリアは左の手のひらに、右拳を叩きつけて言った。
「【じゃぁ、お礼参りと行こうか!!】」




