第119話 エラ・アッヘンヴァル学長の出迎え
「まぁ、まぁ、マリア、ごくろうさまでした」
マリアが現世に戻ってくると、いの一番に伯母のエラ・アッヘンヴァル学長が迎えた。棺の形を模した催眠装置から起きあがろうとするマリアを、満面の笑みを浮かべながら上から覗き込んでいた。
ふだんはとくに心配してくれることがなかったのに、その対応に違和感を憶えたが、マリアはロルフに対しての怒りで、からだがはち切れそうだったので、起きあがるやいなや、ロルフの横たわる棺に向かおうとした。向かうというより飛びかかる勢いだ。
マリアはロルフを二、三発殴らないと気が済まなかった。
だがそのからだを伯母のエラが押しとどめた。
「マリア、疲れたでしょう」
「おばさん、やめて!。あたしはロルフをぶん殴らないと気がすまないの!」
「ロルフを?。まぁ、マリアなんてことを言うの!」
伯母はマリアを咎めだてしたが、マリアはそんなこと無視して、まわりで作業をしている職員たちに聞こえるよう、これみよがしに大声をはりあげた。
「ロルフは裏切ったの!。任務を遂行しないで、要引揚者を危険にさらしたのわ」
数人の職員が一瞬ぴくりと手をとめたが、ほとんどはまるで聞こえなかったように、ただ粛々と作業を続けていた。手をとめた者も一瞬ののち、ふたたび手を動かしはじめた。
「マリア、何を言ってるの。要引揚者の魂はちゃんと救われましたよ。今先ほど非公式の外交ルートを通じて、報告とお礼のことばをもらいましたからね」
「ちがうわ。伯母様。助けた人は命は取り留めたかもしれないけど、精神をズタズタにされたのぉ。ロルフは……」
ガチャンとけたたましい音がした。マリアの首がビクりとすくんだ。
「失敬。ついふらついてしまって……」
音がした方向を見ると、たちあがったロルフの足元に機材が倒れていた。数人の職員が飛んできて、それを抱き起こそうとしていた。
ロルフは自分で倒しておきながら、その様子を見てなかった。まっすぐマリアの方を見つめていた。
「やぁ、マリア。ずいぶんの活躍だったね。きみと一緒にダイブできて楽しかったよ」
「あたしは楽しくなんてなかった。あなたが裏切り……」
「アッヘンヴァル学長!!」
ロルフがマリアのことばを大きな声を発して遮った。
「マリアはとても優秀な子ですね。さすがあなたの自慢の姪子さんです。将来必ずや優秀なダイバーになることでしょう」
「ありがとう、ギュンター教授」
「いえ。ですが……、すこし外に出して経験をさせるともっといいと……」
そう言いいながら、わざとらしくウインクをしてきた。マリアはその仕草が癇に障った。「ええ、ええ。ご心配なく、ギュンター教授。先ほどレオンとノアから報告を受けておりますよ」
レオンとノアの名前を耳にして、マリアは反射的に二人の姿を探した。二人は部屋の隅のほうで、職員たちと何かことばをかわしていた。
「レオン!、ノア!」
マリアが大声で名前を呼ぶと、ふたりはこちらをふりむいた。が、彼らは示し合わせたように、軽く手をふってみせると、そのまま話を続けはじめた。
完全に無視された形だ。




