第116話 ジグムント、その目でちゃんと見なさい
マリアは剣を突きつけたままレオンに、メフメトとラドゥの拘束を解くように命じると、レオンは渋々とそれに従った。ノアがレオンに言われるがまま、ふたりの手枷と縄を解いた。そして今度はマリアの命令で、馬車の前に跪かされていたジグムントの縄をときにむかわされた。
「ジグムント、来なさい」
ノアに拘束をとかれたジグムントは、よろよろと立ちあがると、危なっかしい足取りでメフメト二世のほうへむかってきた。だが、メフメトのすぐ手前で足をとられてころびそうになり、とっさにメフメトがそのからだを支えた。
「スルタン、も、申し訳ありません」
「ジグムントよ。気にするな。よく頑張って生きのびた」
ジグムントが目に涙をためて「ありがとうございます」と言って、メフメト二世の胸に顔をうずめて泣いた。
「さあ、ジグムント、泣いてなんかいないで、その目でちゃんと見なさい。あなたの心残りをはらしてみせるんだから」
ジグムントは手で涙を拭いながら向き直った。その姿にむかってマリアはにっこり微笑むと、ヴラド・ドラキュラをみあげた。
「もう充分でしょ、ドラキュラのおじさん。あなたはコンスタンティノープルを奪還した」
「マリア、そうはいかない。これだけの偉業を成し遂げたのだ。キリスト教界に名がとどろき、その栄光に浴するのはこれからなのだ」
「欲張りね、ドラキュラのおじさん。本来の歴史からできすぎなのよ。本物の歴史はロルフから聞いてたでしょ。オスマン=トルコを徹底させたあと、そこにいるハンガリーのマーチャーシュ公に捕まって、十年以上も幽閉されるって」
全員の視線がマーチャーシュのほうへむく。
「そのあとワラキア国王になるのは、スルタンのうしろにいるラドゥさん」
今度はラドゥに視線が集まる。
「ラドゥ……」
思わずヴラドが弟の名を呟くが、マリアはかまわず続けた。
「幽閉から開放されたあと、そこにいるモルダヴィアのシュテファン公の協力で、三度公位に返り咲くけど……」
シュテファン公が驚いた表情を浮かべる。
「結局は、地主貴族に暗殺されておしまい。あなたの首は塩漬けされて、このコンスタンティノープルに晒されるの。それに比べたら、今栄光のなかで死ぬって、わるくないんじゃないかしら」
ヴラドがマリアを睨みつけた。その目には悔しさ、怒り、憤り、哀しさ、なにもかもが詰まっていた。
ヴラド・ドラキュラが剣を構えた。レオンもヴラドの前に進みでて、ふたたび手のひらを前につきだし、超音波のバリアを張った。ノアはマーチャーシュ公やシュテファン公をうしろに下がらせ、馬車の陰に身を潜ませた。
あたりが緊張につつみこまれる。




