第113話 最後の仕上げ。スルタンの斬首といこうかね
「ああ、動いているさ。すくなくともこの世界ではね。マリア、キミもそれだけの力を手にしているのだから、それを感じているはずだ。わたしはその力を現実の世界でも行使したい。世界がわたしの力を無視できないほどの存在になりたいのだ」
「神の名を騙ったり、キリスト教の大義を説いたりしてたけど、結局、それが本音っていうわけね。まぁ、でもわかってたわ」
「わかってた?」
「世界を自分のものにしたいなんて願った歴史上の輩はみな、そういう『歪んだ』顔をしてるもの」
ロルフは一瞬面食らったような表情を見せたが、すぐに笑いをはじけさせた。目元を手でかくして、大口をあけて笑いはじめた。
「あははは。それは光栄だね。歴史上の王をたくさん見てきたキミから、そう見えているのなら、わたしもそれに値するような地位までのぼりつめなければね」
「あら、そんな野心深いひとだとは思わなかったわ」
「才能に恵まれた者は常に上を見つめざるを得ないものさ。高みを目指すことが野心だというのなら、ぼくはその野心を甘んじて受けよう」
ロルフはにっこりと笑ってから続けた。
「だからキミとのお遊びもここまでだ」
「お遊びですって?」
「ああ、どうやらレオンが宮殿内に潜んでいたメフメト二世を見つけたようだ」
ロルフは自分のこめかみを指先で小突きながら言った。
「ノアからの報告だ」
マリアはハッとした。
ロルフの攻撃をいやに生ぬるいと感じていただけに、してやられたという感情が腹の底から湧きたつ。
「スルタンを捜すのを、キミに邪魔されたくなかっただけだよ、マリア」
ロルフは今度は嘲笑を口元に浮べた。
「じゃあ、最後の仕上げ。スルタンの斬首といこうかね」
そう言うなり、風の飛礫を上にはね上げた。バーンという音とともにガラス窓が砕け散る。降り注ぐガラス片がロルフのからだを隠していく。
「逃がさないっ!」
天窓から外に飛び出したロルフをマリアは逃さなかった。
穴のあいた窓から飛び出すやいなや、ハギア=ソフィアの屋根に着地したロルフにむかって飛びかかった。
ロルフは丸いドーム屋根の尖塔に手をかけ、宮殿のほうへジャンプしようとしていた。風を呼び込むための溜めの瞬間。マリアは見のがさない。
マリアは剣の刀幅を瞬時にひろくすると、そのままロルフに殴りかかった。
ロルフはすぐさま剣でそれを受けようとしたが、幅広の面を叩きつけられて、パワーを吸収しきれなかった。ロルフはそのまま金門湾方向の住宅街に一直線にはじき飛ばされた。
街中に大きな激突音が響き、直線上に建物を根こそぎ破壊していった。堅牢なレンガ造りの建物が崩れ、もうもうとした砂煙があがる。
マリアは剣を構えなおして、ロルフが飛んでいった方向を注視した。すこしむこうにハギア=イリニ聖堂がみえる。そこから金門湾まではそれほど離れていない。




