第111話 徹底した正義は、時に人を狂気に変える
床に激突した風の塊は、爆風のようにはじけて、聖堂内の建造物を吹き飛ばした。
床の大理石のタイルは砕け散り、そのまま逆巻く気流に破片がまいあがった。
行き場をうしなった爆風が、『皇帝の門』の背後から襲いかかってくる。マリアは門をすり抜けるやいなや、ナルテックスのほうにからだを踊らせ、そのまま床に這いつくばった。
たちまちマリアの背中の上を悪辣なほどの暴風が吹き抜けていく。
マリアは暴風が外へ抜けていったのを確認すると、すぐさま立ち上がり、ふたたび『皇帝の門』から内部へと足をふみいれた。
マリアは投げ捨てた自分の剣に目をやった。暴風によって跡形もないほどバラバラになって、一部分が転がっているだけだった。
「今のは危なかったわ、ロルフ。おかげでせっかく精神を削って造ったカッコいい刀剣が台無しよ」
「やはり、ぼくの力で直接、きみを抑え込むしかなさそうだね」
その瞬間、どす黒い雲が天井にひろがり、大ドームの縁にいくつも配置された明り窓を隠しはじめた。みるみる聖堂内が暗くなっていく。
マリアは雲から目を離さないようにしたまま、手の中にあたらしい剣を宿すと、すぐさま身構えた。
黒い雲がしだいに降りてきて2階の明り窓を隠し、さらに光源を奪いはじめた。
どこからくる——?。
と、その瞬間、風が揺らいだ。
背後からだった。
自分が通り抜けてきた『皇帝の門』の外側から、飛び込んできたロルフが剣を振るう。
ガチィィィィンと鋼鉄同士が刃を削りあう音がドーム内に響きわたる。マリアとロルフが顔をつきあわせた。
「まったく、きみには不意打ちがきかないのは厄介だな、マリア」
「言ったはず。あなたの風の力は読めるのよ」
「優秀だよ、マリア。今まで会った先輩能力者も、倒したどんな悪魔も、わたしの風の気配は読めなかったのだ。こうしてきみと対立しているのが残念でならない」
「あたしも残念よ。あなたが良からぬことを企まなければね」
「だがこれはキリスト教世界の大義なのだよ」
「あたしにはへ理屈にしか聞こえない。共存の道を探らず、一方を滅ぼして価値観を押しつけようだなんて。前時代的、いえ、前々々時代的な考え。今は21世紀よ。ダイバーシティ(多様性)はどこへいったの!」
「現代のその寛容の風潮そのものが、妥協の産物なのだよ。まちがえてでき上がった現実に合わせて、神のことばを無視したり、ねじ曲げていいわけがない」
マリアはロルフの目を睨みつけたまま、日本語で言った。
「【徹底した正義は、時に人を狂気に変える】」
「しつこいね、マリア。また日本語かい」
「そうね。これは日本のアニメのなかにでてくるセリフ。あなたのような徹底した原理主義者(聖典や教義の原理原則を厳格に守ろうとする立場)は、狂人と変わらないってこと!」
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