第104話 それを言うなら、魔法少女でしょ
マリアは血相をかえた兵士を無視してマストの尖端に飛び移ると、手のひらをひさしをつくって、イスタンブールの岸壁のほうを眺望した。
岸壁はマリアの予想していたより遠かった。すくなめに見積もっても、4〜50メートルは離れているように感じられる。
「まいったわ。ずいぶん沖合まで飛ばされていたみたい。あんなに遠いんじゃあ、あたしの跳躍力でも届かないわ」
マリアはうなだれそうになったが、ふいに自分の視界に別の帆船の帆が横切ったのに気づいて、あたりを見まわした。あたりは十字軍のキャラック船だらけだったが、
マリアは自分の乗り込んだ帆船の手前、イスタンブールの岸壁までのあいだに、並走している帆船が二艘あることに気づいた。
三艘飛び——しかないわね。
並走する三艘を跳躍台代わりに使えば、対岸にたどり着けそうだとマリアは見積もった。
そのとき、見張り台のほうから大声が聞こえてきた。マリアが下をのぞき見ると、屈強な兵士が銃を構えてこちらを狙っていた。
「おい、子供。きさま、どこから入ってきた?」
「おじさん。こんな幼気な子供にそんな口の訊き方はよくないわ」
「ふざけるな。こんなところに、なぜ、おまえのような子供がいるのだ?」
「いろいろあったのよ。それよりもちょっとからだを乾かすから、待ってていただけるかしら。ずぶ濡れになったものだから」
そう言ってマリアは手を空につきあげた。すると上方から暖かい空気が吹き下ろし、からだに張り付いた服は乾き、濡れそぼった髪の毛はふんわりとボリュームを取り戻した。
「魔女だぁぁ!」
見張り台に残っていた痩せっぽっちの見張りが大声をあげた。隣の屈強な兵士は威嚇するように、マリアにむけていた銃を構えなおしてから問うた。
「きさま、魔女なのか?」
「誰が魔女なのよぉ。それを言うなら、魔法少女でしょ」
そう言ってからはたと思いいたった。
ロルフに言われてめだちにくい、この時代の服装に身を包んでいたが、いまさらそんなことに従う義務がない。
「そうね。そう言うのなら、あなた方のリクエストにお応えしましょ」
そう宣言してマリアが天に手をつきあげると、たちまち新しい衣装がからだを包みはじめた。
目にやさしいピンク色のドレス。袖口や襟ぐりなどにフリルをいっぱいちりばめて、スカートはドレープたっぷりでふんわりと。杖はちょっと短め。膝上までのニーソックスはぎりぎりまで引き揚げて『絶対領域(ボトムスとソックスの間の太ももの素肌が露出した部分)』は控えめで。
もちろん、二の腕が隠れる長さの袖は、ふわっと膨らんだフレンチ・スリーブ。それにあわせるのは、透け感のあるオーガンジーのアームカバー。手の甲までが隠れる長さにしておいて、終端からはちょこっと指先を覗かせてカワイさを演出。でもその指先を覆うのは手の甲部分に魔法の紋様が描かれた、ちょっぴりミステリアスな手袋。
頭には大袈裟なおおきさのリボン。腰のベルトはキラキラしていて、『カワイイ』がいっぱい詰まったポーチやアクセをぶらさげちゃう。
ツヤツヤのかわいらしいデザインの靴の踵と踵で、カチンと音を鳴らせば——。
魔法少女のできあがり——。




