第102話 吸血鬼以上の無慈悲な悪夢が牙をむいた
ロルフが右足を軸にして、体を回転させはじめた。
その回転は以前ヴラドの前で見せた演舞とも、ドナウ川をマリアに渡河させた際の援護で放ったものとも違った。回転とともに鈍い青色だった刀身からは青白い火花が放電し、まるで『テスラコイル』のように、稲妻をはなっていた。
放電の光がロルフのからだを隠すほどおおきくなったところで、ロルフはおおきく剣をふった。横に振り抜いた剣を引き戻すと、方角をかえてさらに何度もふりまくる。
その太刀から放たれた稲妻の光は、瞬時に風へと姿を変え見えなくなった。
が、その見えない刃は手前の戦場を通り過ぎると、その直下にいた兵士たちに襲いかかった。
本人たちは一瞬、そよ風を頬に感じた程度だったろう。もしかしたら一時の安息を覚えたかもしれない。だが、次の瞬間、吸血鬼以上の無慈悲な悪夢が牙をむいた。
各所で見えない風の刃が、兵士たちをぼろ布のようにずたずたに引き裂いていた。悲鳴をあげる間もない。まるで絨緞爆撃のように手前から、ものすごいスピードでひとがバラバラにされていく。ひとりたりとも逃さない。そこにちいさな虫がいたとしても、おそらく細かく寸断されているにちがいない。
そのおそるべき凶刃はうしろ側に非難している方角にも押し寄せてきた。ロルフをはさんで360度全方位へ発動されているのだ。
レオンはフルパワーを出しているにもかかわらず、『超音波』の盾がはね飛ばされそうになるのを感じた。
その盾ごと、からだをずらされそうになるほどの圧倒的な力が、間断なく叩きつけてくる。
想像以上の攻撃に思わず歯を食いしばる。
背後でその猛攻を見せつけられているヴラドたちはなにも発しない。背中越しにも彼らが茫然自失としているのが感じられる。いやすでにそれは自分たちの命を脅かす脅威にすら達しているこの風の攻撃に恐怖して、うち震えているのかもしれない。
どれくらいの時間が経ったかわからなかったが、いつのまにかロルフの攻撃は終っていた。ロルフが盾のむこうから手をふって、終わりの合図を伝えていた。
レオンはこれ以上ないほどの長嘆息をしてから、『超音波』の盾を解いた。
目の前の戦場に動いているものはなにもなかった。音すら消えうせていた。テオドシウスの城壁の歩廊にいたはずの兵士たちの姿もなく、ただ城壁の上に掲げられた旗だけが、翻っているだけだった。
「コンスタンティノスの城壁あたりまでは一掃しました」
ロルフは憔悴したような顔をしたヴラドにむかって微笑んだ。
「さあ、殿、これでメフメト二世の元へいくのを邪魔するものはありません」




