第101話 ゾッとするほどの正義感をもった悪
「殿、そろそろ、メフメト二世を討ちにいかせていただきます」
「そうか。では勝手にいくがいい。余はここで待っておる。あとで首を持ってこい」
「いえ、あなたにも来ていただきます」
「余に?。なんのメリットがある?。それにまだ城内は混乱している」
「ご心配なく。今すぐ排除いたしますので」
ロルフがいとも簡単げに言ったのをストイカの悪魔は聞き逃さなかった。
「排除ですってぇ?。ロルフ、ずいぶんなことをおっしゃいますねぇ」
その目は口調とは真逆に、悪意そのものにギラついていた。外見もさきほどよりもさらに醜悪に歪み、裂けた口元から覗く血のような舌がちろちろと垣間見えて、おぞましさを感じずにはおれない。
レオンは、この悪魔が吸血鬼のように、いつだれに襲いかかってもおかしくない、と思いはじめていた。
「ストイカ殿、口を開かないでもらえるかな。鼻が曲がるほどのくさい臭いをまき散らされては困る」
「ロルフ、あなた失礼ね。口臭なんてでているわけない……」
ストイカが抗議の声をあげたが、そこまでだった。ロルフは瞬時に手元に具現化したロング・ソードを、ストイカの顎から上にむけて突きあげていた。ソードの尖端は口の上部から突き出し、ストイカの口は下から釘付けになっていた。
「でてますよ。きみの死臭がね」
ストイカはその場に崩れ落ちると、口を貫いた剣を抜こうとあがいた。だが、どうやっても抜けず、のたうちまわる。
「心配なく。すぐには殺さない」
ロルフは呆然として事の成り行きを見ている君主たちのあいだを抜けると、天空に手をつきあげた。暗雲がその手のひらの上にやどりはじめた。それは雲のようなよどんだ靄状のものであったが、ひとを不安にさせるようなザラついた青い色をしていた。
ロルフがその青い雲のなかに手を突っ込むと、なかからゆっくりと剣を引き抜いた。
それは今までに見たことがない、青い色の刀身のロング・ソード——。
レオンはその刀身から交互に放たれる、神々しさと禍々しさの光を感じ取った。そこには、『ゾッとするほどの正義感をもった悪』があった。
はじまる——。
レオンはヴラドやマーチャーシュ公ら君主たちの前に進みでると、両手を前に揚げて見えない『超音波』の盾を展開した。最初から最大限の出力であたりを完全に取り囲んでいく。ピンホールほどの隙間すら許されない、とレオンは感じた。
ロルフの本気の術は、そんな生やさしさは微塵もないはずだ。