第97話 もうこれじゃあ、簡単に戦場に戻れない
マリアは歯を食いしばって抵抗した——。
が、すでにテオドシウスの外壁近くまで押し返されているのがわかった。
下に目をむけるとストイカに変身させられた『蝙蝠の怪物』たちが、テオドシウスの城壁の上を群れながら飛んでいた。ヤツラは上空から杭を投擲して外壁を破壊していた。
メフメト二世がコンスタンティノープルに攻込んだ時、浴びせるように大砲を撃ち込んでも壊せなかった城壁が、『蝙蝠の怪物』たちの攻撃で壊されていく。すでにひとが通り抜けられるほどの穴が開いた場所もあり、そこから十字軍の兵士がなだれ込もうとしていた。そうはさせまいとトルコ軍兵士は必死で応戦する。
不死身のからだの吸血鬼が相手では、結果は見るまでもないはずだ。
だが、その光景もあっという間に過ぎ去っていった。
マリアのからだはあれよという間に、三番目の内壁を超えていた。眼下に最前線の援護にむかおうと、あわただしく駆けていくトルコ兵たちの姿が見えてきた。突然の猛反撃に指揮系統が乱れているらしく、各部隊の兵士たちが右往左往している。精鋭部隊のイェニチェリの隊ですら、いくぶん浮足だってみえた。
眼下にイスタンブールの市街地の中央道路が見えてきた。
トルコ兵に捕らえられて、やじ馬たちの前を凱旋パレードのように練り歩く羽目になった大通りは、すでに人々たちでごったがえしていた。ここでは兵士だけでなく、一般市民たちが逃げ支度をしていた。商品を積み込んだ台車を押している商人や、わずかな手荷物だけで子供の手をひく家族連れなどでごった返して混乱していた。
誰ひとりとして空の上を飛んでいるマリアに気づくものなどいない。
はるか前方で煙があがるのが見えた。ずいぶん遠い場所だったが、その位置こそがテオドシウスの城壁だとわかった。
もうこれじゃあ、簡単に戦場に戻れない——。
マリアは心底焦った。だが、ロルフの放った『風のミサイル』は威力を弱めようとしない。剣の力を緩めれば、この風はマリアのからだをバラバラに打ちくだく可能性があるだけに下手な賭けにも打って出れない。
ロルフ、あたしを完全に戦場から追いやるつもりなのね——。
そのとき、下方に馬と馬車を駆って大宮殿のほうへむかう一行が目に入った。先頭の馬に乗っているのはラドゥ。メフメト二世たちが後方へ撤退しているのがわかった。おそらく馬車のなかには、ノア・ツイマーマンも乗っているだろう。
ロルフの風の攻撃のあと、すぐに行動をおこしたのだろう。
ここまで後退していれば、十字軍の攻撃もそうそう届かない。




