第96話 三流風情の悪魔が知ったふうな口を
「ストイカさん、あなただったのね」
マリアがストイカを睨みつけた。
「さっき戦ったとき、こちらの兵隊さん、様子がおかしかったのよね。なにかに取り憑かれているみたいで……」
「ほほ、ばれちゃった?。でも、恐怖心をとり去ったくらいじゃあ、役に立たなかったわねぇ。ほんと人間って非力。あなたにまったく歯が立たなかったんだもの」
「よけいなことを!」
ロルフがストイカを怒鳴りつけた。
「あ〜ら、感謝してほしいわ。あなた、イスタンブールを陥落させて、スルタン、メフメト二世の頭を刎ねるところを、この子に見せつけたいのでしょ。だったらあたくしたち、目的はそんなに変わりやしないわ」
「三流風情の悪魔が知ったふうな口を叩かないでもらおうか」
「そうは言っても、もう陥落は目の前よ。ほうらご覧なさい」
そう言ってストイカが指し示した先に、ストイカの悪鬼軍団の進撃している様子があった。トルコ兵を突き刺し、投げ飛ばし、なかには食らいつくものもいた。
戦争というより虐殺、進撃というより殲滅というべき一方的な殺戮であった。
そしてその軍団の先頭は堀を踏み越え、最外壁を蹴散らし、テオドシウスの城壁の外壁部分に迫っていた。
「さぁ、マリア。どうされます?。私の兵たちがもうすぐ城壁を破壊し、メフメトの首をとっちゃいますよ」
マリアは肩をすくめてみせた。
「どうもこうもないわ。やることはきまってるもの」
そう言うなりマリアは地面をおもいきり蹴とばし、正面方向に飛びこんだ。
あまりにすばやい動きにストイカが少年に手をかけようとしたが、マリアはそれを無視してすぐ脇ををすりぬけた。
とるのはドラキュラの首のみ——。
ドラキュラを殺しさえすれば、あの少年の魂は助かる!。
マリアは両手に剣を握ってヴラドにむかって走った。正面にレオンが立ちはだかる。
邪魔するなら斬るわ、レオン!。
マリアは手をひろげて待ち受けるレオンに剣を振るった。
その時、背後からロルフの声が閃いた。
「無駄だ、マリア!」
すぐ目の前、レオンの足元の土中が割れて、なにかおおきな塊が飛び出してきた。
土ぼこりを巻きあげながらマリアに迫ってくる。マリアは剣を引き戻すと、自分のからだの前でクロスさせてそれを防御した。
が、その力は信じられないほど激烈だった。
まるでミサイルを近距離で射たれたかと思うほどの勢いで、マリアのからだは一気に上空に突きあげられた。剣で防卸していなければ、からだじゅうの骨から内蔵までが一瞬でぐしゃぐしゃに押し潰されていただろうと、容易に想像できるほどの容赦ない圧倒的な力。
「さようなら……」
下からロルフの高笑いにも似た声が聞こえた。が、すぐにかき消えた。すでにマリアのからだはロルフの声など届きようがないほど、遠くへ、そして上空へ移動していた。どんなに渾身のちからで対抗しても、マリアのからだはイスタンブールのほうへ押し戻されていく。
ロルフぅぅ、これがあなたの本気ってわけーー。