第86話 クソ野郎ってなじったほうがいい?
マリアの振り抜いた剣は間違いなく、ヴラド・ドラキュラの首をとらえたはずだった——。
すくなくとも十数センチまでには迫った。だが、刃はそのわずかな隙間で食い止められた。
ロルフの剣だった。
マリアは目を疑った。
いまの今、すぐ脇をすり抜けて置き去りにしたはずだった。だがロルフはヴラドの首の間際で、剣を差し出してマリアの剣を受けていた。
ロルフがマリアの剣を撥ねあげると、マリアはうしろにはね飛ばされた。マリアは正面で剣を構えたまま、得意満面の笑みを浮かべているロルフを見すえた。
「どういうこと?。あたし、あなたを出し抜いたはずよ」
「マリアちゃん、びっくりみたいだねぇ。でもぼくの力は『風』だよ。忘れたのかい」
「まさか、風のスピードで動けるっていうわけ?。そんなのチートじゃないのぉ」
「まぁ、そうだね。十二使徒に推薦されたのは伊達ではない……といったところかな」
「ノアから聞いたわ。おめでとうって言ったほうがいいかしら。それともこんなことをしでかして、クソ野郎って詰ったほうがいいかしら?」
「相変わらず口が悪いねぇ。それにこんなことってなに?」
「あなたのやってることよ!。あなた、要引揚者を救おうとしないどころか、その人の前世の人物が望んでもないことをしようとしている。上にばれたら『十二使徒』どころじゃないんじゃなくって?。それともその使徒って『堕天使』を指すのかしら?」
「いいや、ぼくはなにも間違っていないし、このことで咎められることもない」
「どういうことなのかしら?」
「これこそがバチカンからの指令なのでね」
そう言った瞬間ロルフのからだが陽炎のようにゆらめいた。
マリアはロルフが襲ってきたのがわかった。
風切り音と共にマリアにむかって剣が振り抜かれる。剣先はマリアの腕を叩き斬る太刀筋を描いたが、マリアは寸前のところでそれを受けとめた。
二人の剣が渾身の力でぶつかりあって、刃が噛みあう耳障りな音があたりに響く。
ロルフは上から力づくでマリアを押し込みながら言った。
「さすがだね。腕の一本は落とせるって思ったんだけどなぁ」




