第84話 なんてミスをやっちゃったかねぇ
「ぼくとしたことが、なんてミスをやっちゃったかねぇ」
ロルフ・ギュンターは空を翔けるように走ってくるマリアを見ながら、思わずそう口走った。
「そうだ。ロルフ、おまえのおろかな失敗のせいで我が軍は壊滅状態だ。どうしてくれるつもりだ!」
ヴラドは怒りをおさえられなかった。
「殿。ご安心を。まだ兵は3分の2ほど残存しております。それにわたしが失敗したのはマリアにみすみすチャンスを与えたことで、あの程度の兵をうしなったことではありませんよ」
「な、な、なにぃ、あの程度だとぉぉ。おまえはイスタンブールを陥落させるのではなかったのかぁ」
「ええ、もちろんです」
「兵を減らしてしまったのだぞ」
ロルフは頭を掻きながら、若干投げやりな言い草で答えた。
「まぁ、そのときは、わたしひとりで落としますから、ご安心を」
「ひとりでだとぉぉ」
ヴラドはいくぶん間抜けな声で言った。
マーチャーシュ公とシュテファン公は、ロルフに抗議したそうな目をむけでいたが、何も言えずにいた。自国の兵士を大量にうしなった怒りは収まらないようだったが、ヴラドのように喚き散らすような真似はしなかった。
ロルフがひとりでも陥落できるというのを、額面通り受けとったとは思えなかった。おそらくあ人間離れした力をもつ男の、機嫌を損ねたくないといったところだろう。
「それより、マリアがこちらにむかってきます。ストイカ様、あの少年、ジグムントをこちらに連れてきていただけますか」
ストイカはその理由を尋ねもせず護衛に命令をした。すぐにとらわれていた少年がロルフの元に連れてこられた。少年はみすぼらしい木の椅子に座らされ、腕とからだを縄で巻かれており、汗や糞尿にまみれたままで放置されていて臭かった。
本来なら串刺しになる運命だったのだから、まともな扱いをされないのも当然だった。
「やあ、ジグムントくん。君はここにやってくる少女を応援してくれ。彼女、マリアはここにいるドラキュラ公の命をとりにくる。君の望みどおりにね」
ジグムントの口元がすこしだけ緩んだ。
「ロルフ、どういうことだ。この少年は余の死をのぞんでいるのか?。もしそうならば、今すぐ串刺し刑だ」
「殿。それはできません。このジグモンドこそ、私たちの力の源泉にほかなりません。手を出さないでもらいましょう」
強い口調で語るロルフの眼光に、ヴラドがおもわずことばを引っ込めた。
わずらわしい——。
なんともわずらわしい男だ。このヴラドという男は。
元々自信過剰気味であったが、連戦連勝の戦果や、教皇を動かす影響力、諸侯たちが取り入ってくるなどを重ねてきて、己の身の丈以上に尊大になっているのかもしれない。
これ以上、面倒を見切れないかもしれない——。