第81話 マリアちゃん、寝返っちゃったようね
マリアは悪魔のような形相であたりかまわず、ひとびとを剣で薙ぎ払っていた。
「ロルフさん!。マリアが……」
「レオン、わかってるよ。どうやらマリアちゃん、寝返っちゃったようね」
「ね、寝返った?。ど、どういう……」
「彼女はトルコ軍側についた、ってことだね」
「バ、バカな。なぜ……、いや、ノアは、ノアはどうしたんです?」
「さあね。でも、マリアちゃんは本気だよ」
ロルフは剣を横に構え直してから、ストイカにむかって言った。
「ストイカ様、ヴラド公をこの戦場から非難させてください」
ストイカはロルフと目をあわせると、なにもいわずにヴラドのほうへ向かおうとした。
「ロルフ。どういうことだ。なぜ余がここから、今まさに勝利をおさめようとしている戦場をあとにせねばならなんのだ」
「ヴラド公、大変残念なんだけどね、マリアちゃんの狙いはあなた、ヴラド・ドラキュラの首なんだよね」
ロルフのことばにレオンは当然驚いたが、当のヴラドは表情ひとつ変えようとしなかった。むしろ素直に驚きを顔に現したのはシュテファン公だった。マーチャーシュ公は驚くというより、不安そうに顔を曇らせた。
「ロルフ殿、あの幼女がヴラド公の首を取りに来るというのかね?」
「えぇ。そうです。マーチャーシュ公。大変残念なことに……」
「もしそうだとして……。ロルフ殿、レオン殿のふたりでそれを防ぐことくらいはできるのではないかね。いかにあの幼女が『蛮行の少女』としてもだ」
ロルフは剣の構えをふっとゆるめると、おおきくため息をついた。
「マーチャーシュ殿下。遺憾ながら、マリア・フォン・トラップという少女は、オスマン=トルコ帝国のような脆弱な敵ではないのです」
「な、なんだとぉぉぉ、ロルフ。トルコ帝国を、あのメフメト二世を脆弱と卑下するのか?」
ヴラドが顔を真っ赤にしてロルフに詰め寄った。近くに立つとロルフより背が低いのがきわだつが、満身から吹きだすような怒りのせいで対等以上に見える。
「そういきり立たなくても……。殿下もわかってるでしょ。マリアちゃんは数万の兵よりも強いって」
「なぜ、裏切ったのです。マリアさんは」
ストイカがヴラドの怒りを鎮めるべく、ふたりのあいだにらだを割りいらせてから訊いた。
「ストイカ様。あの子は任務にただただ忠実なだけなのです。おとなの事情というのも関係なくね。それに……、神への帰依が足りていない。われわれとちがい篤信が弱い」
ロルフがマリアがいる『ハリシオス門』のほうに目をむけた。レオンもつられるようにそちらを見た。
すでにさきほどの場所から、こちら側に前進してきていた。
そのスピードは速いとはいえない。
だが、数百の兵士を相手に戦いながら、いや、殲滅しながら向かっているとしたら、息を飲むほどのスピードだとしかいいようがない。この時代に戦車があったとしても、あれだけの敵に囲まれては身動きができないにちがいない。
おどろきのあまり、レオンはロルフにすがるように指示を仰いだ。
「ロルフ。わたしはどうすればいいでしょう」
「レオン、十字軍の上空を守るのはここでおしまい。あとは全身全霊でヴラド公を守ってくれないかい」
そのロルフの指示に、マーチャーシュが異議を唱えた。
「ロルフ殿、なにをいう。今、レオン殿の盾をはずされたら、わが軍、いや十字軍がトルコ軍の攻撃をもろに受けるではないか!」
「まぁね。でも殿下、今この状況でそんなことは瑣末なんですよぉ」
「さ、瑣末だと……」
「えぇ。あの子をとめるには、そんな中途半端な覚悟では無理です。いまからわたしも攻撃をします。が……」
そこまで言ってロルフは大きく嘆息した。だが、そこには不退転の決意を固めた真剣そのものの顔があった。だがロルフはほくそ笑んで、冷徹に言い放った。
「こちらの軍も相応の被害を覚悟してもらわねばならないでしょうね」




