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ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜  作者: 多比良栄一
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
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第3話 こっちこそ見つけたぞ!

 地面に降りたつやいなや、セイの耳に興奮を帯びた観衆たちの怒声が聞こえてきた。

 今、ここがどの時代で、どの国かもわからなかったが、そこに集う人々の異様な精神状態が、セイの頭をしめつける。

 ダイブした精神世界ではその世界を包む空気やその時代の死生観などが、二十一世紀の常識や倫理観に浸潤してくる。それが毎回からだの痛みとなってセイを苦しめた。


「ケラドゥス!、殺せ!」


 ひときわ大きな声にセイは顔をあげた。その声は狂気じみた物言いだったが、驚いたことに誰かに対する応援の色を帯びていた。

 そこは円形競技場だった。

 巨大なグラウンドをぐるりと取り囲んだ観覧席は、古代コンクリートで固められただけの粗っぽい作りだったが、幾層にも広がり、数万人もの観衆を収容できるような設計になっている。

 今その円形競技場は満員の観衆に埋め尽くされ、むせ返るほどの興奮に包まれていた。 みるみるその歓声が高まりはじめる。スポーツ観戦で耳にするような応援めいた歓声ではない。悪意や殺意のようなものが入り交じった飛礫(つぶて)のようなものが、円形競技場のコンクリートの壁に打ちつけられ、地響きとなって競技場全体を揺さぶっているようだった。そこには、競技を楽しみにきた、という牧歌的な雰囲気はない。

 精神世界を(くぐ)ってきたセイに痛みを与えていたのは、その肌を焼くようなひりひりとした狂気だった。

 セイは観衆たちが目を釘付けにされている方角を見た。


 そこにいたのは、二人の剣闘士の姿。

 競技場中央で大振りの剣をふりまわして戦っている。競技場がひろすぎてセイの位置からは、ふたりが豆粒ほどにしか見えなかったが、羽根飾りのついた兜をかぶった剣闘士が優勢で、相手の男はその剣先に翻弄されているのは容易に見て取れた。

「ケラドゥス〜、ヤッちゃいなさい」

 セイのすぐ近くで女性の嬌声(きょうせい)にも似た声が聞こえてきた。さきほどから感じている反吐がでるような狂気の渦に、女性たちの『恍惚(こうこつ)』が混じっていることにセイは驚いた。


 圧倒的な声援に応えるように、羽根飾りの兜の剣士ケラドゥスの剣先の速度が一気にあがる。それまでなんとか剣先をいなしていた相手剣闘士の手数が、徐々におぼつかなくなり始める。その懸命なまでの防戦の様子に、勝負の終焉(しゅうえん)を感じ取った観衆がさらにヒートアップしはじめる。

 やがてケラドゥスの剣を受けきれなくなり、とうとう剣闘士は腹を貫かれて、その場にどうと倒れた。地面が朱に染まっていく。

 爆発するような歓声が円形競技場全体を包みこんだ。

 親指を下にむかってつきたてながら、観衆たちが叫ぶ。口から泡をとばし、目を血走らせ、顔を真っ赤にして。そこにあるのは、淀みない称賛と、無慈悲なまでの嘲罵。

「殺せ!。殺せ!」

「ヤツは勇敢じゃなかった。殺せ!」

「皇帝陛下、裁きを!」


 口々に叫ぶ観衆の視線は円形競技場の正面の上方に(しつら)えられているバルコニーへ向けられていた。セイからはその顔が見えなかったが、取り巻きのものに促されて、皇帝らしき男が玉座から立ちあがりその手を前につきだした。その親指は上にたちあがっている。

 その仕草に観衆たちのボルテージがさらにあがり、歓声が地響きとなってグラウンドを一周して、天空に立ち昇っていく。

 皇帝は一身に集まる観衆の視線や期待の目を存分に堪能しているようだった。何度も満足げに頷くと、ここというタイミングをはかって、親指を下に突き降ろした。その合図にケラドゥスは顔色ひとつ変えることなく、倒れた剣闘士の胸に深々と剣を突き立てた。

 円形競技場に渦巻いていた狂乱という火薬が爆発したかのように、一気に歓声となって吹き上がりはじめた。

 兜を脱ぎ、その端正な顔を観衆のほうにむけたケラドゥスが、ふりそそぐ歓声にこたえて手をあげる。


「嫌な世界だ。早く終わらせよう……」

 セイはこめかみを指で押さえながら、あたりを見渡した。現世の魂が紛れ込んでいるとしたら、この精神感応の方法であぶり出すことができるはずだった。

 セイは皇帝のいるバルコニーのほうに目をむけた。そこにぼわっとした淡い光がさした。

 皇帝の横の玉座に座っている少女の姿が目に入った。きらびやかな衣装をまとい、可愛いというより美しいという顔立ちをしていたが、どこか寂しげな目をしてうつむいている少女。


「見つけた!。あの子だ」

 そのとき、背後から予想外の声がした。


「こっちこそ見つけたぞ!」


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