第77話 スルタンはご自分で命を守ってくださいな
「ノア、あたしをまだなんかできるなんて思わないことよ、ノア。あたしの能力は『剛力』。やろうと思えば傀儡師のあなたを引き摺ってでも動けるわよ」
それだけ言うと、ヒュンと剣をふるってからメフメトに声をかけた。
「お騒がせしたわ、ごめんね、スルタン。それじゃあ、ヴラド・ドラキュラの命を頂戴しに行って参りますわ」
「マリア、私はどうすればいいの、かね」
「あら、スルタンはご自分で命を守ってくださいな。あたしの任務はドラキュラを倒すことで、スルタンを守ることじゃないもの」
「ふ、なるほど。たしかにそうだ」
メフメト二世は苦笑いをうかべた。そのやりとりを地面に転がったまま見ていたノアが、負け惜しみを言ってきた。
「は、きみがどんなに力が強かったとしても、ロルフが簡単にヴラド・ドラキュラに近付けさせやしないさ」
「そうね。すくなくともノア、あなたより手を焼くと思うわ」
そのときマリアはふいに外の音がこもるのを感じた。
ノアに憑依したときのようなくぐもった感じとはちがう。まるで飛行機に乗っているときの鼓膜が詰まったような感覚——。
気圧が変わったのだ。
「スルタン、みんな伏せて!!」
マリアは刀を投げ捨てると、力の限り地面を蹴って、メフメト二世に飛びかかった。襲われると感じたラドゥが剣を振るおうとする。マリアはその隙を与えず、ラドゥとメフメトふたりの腰に組みついて、勢いよく押し倒した。
その瞬間、風の刃がすぐうしろの『鋸壁』の凸部の上のほうを削りとった。倒れたマリアの頭にその欠片がぱらぱらと降り注いでくる。
「マリア、貴様、スルタンになにを!」
スルタンともども押し倒されたラドゥがすばやく立ち上がり、剣をふりあげマリアに怒りをぶつけた。が、自分と一緒にメフメト二世を警護していた兵士たちが、その場に倒れているのに気づいて、ことばを飲み込んだ。
四人の兵士はすでに絶命していた。首を刎ね飛ばされたり、胴体をまっぷたつにされて自分たちのすぐ脇に転がっていた。
数十メートル先からゴトンという重たい音が聞こえた。高さ二十メートルを超える、内城壁の塔の根元がえぐれて、前面部分が崩落しはじめていた。塔の前の通路にいた兵士たちが、落ちてくるレンガに驚いて、あわてて逃げる。
「まったく、ロルフったら、容赦ないわね」
「ロルフ?。これはロルフがやったのかいぃぃ?」
脚を怪我させられて、座り込んでいたノアがマリアをみあげた。
「ほかにだれがいるのよ?。まぁ、でも倒れてて良かったわね、ノア。でなきゃ、あなたの首、飛んでたわよ」
「そ、そんな。ロルフがそんなことをするわけないよぉぉ」
「なに言ってるのよ。あなたは、とっくに用済なのよ。ばれちゃったンだもの……」




