第76話 ノア、あたしにそんなことさせないで!
ノアが目をカッと見開いた。
「なにを言いだすんだ。マリア!」
「しかたないんじゃなくって。あたし、動けないからあなたの首を刎ねたくても、刎ねられないんだもの」
「は。だったらぼくは君のからだを操って、メフメトを討つだけさーー」
「嘘でしょ」
ノアはくくっと笑いをおし殺しながら自分の手をからだの前で動かしはじめた。まるで操り人形を操るような仕草。その動きに連動するように、マリアのからだが勝手に動きはじめる。マリアのからだが剣を大きく振りかぶると、護衛の兵士たちが間合いをつめて威嚇してきた。
「護衛兵諸君。さあ、早くとめないと、大事なスルタンがその子に殺されちゃうよーー」
「やめて!、ノア。あたしにそんなことさせないで!」
マリアは驚愕の表情を浮かべて叫んだ。ノアが満足そうに口元を緩める。
が、マリアはつまらなそうな表情を浮かべた。
「なーんてね」
マリアは剣を振りかぶった姿勢のまま手を緩めた。手から大剣が滑り落ち、石畳の上で大仰な音をたてた。ノアがマリアに驚きの目をむける。
「ノア。本気であたしを縛りつけられると思ってたのかしら?」
「そんなはずはない。ぼくの術は完璧だーー」
ノアが大声をあげた。が、その瞬間、ノアの集中力が薄れ、マリアを拘束していた力が弱まった。
「ラドゥ。その男を斬って!」
マリアがそう叫ぶと、ノアにむかってラドゥが剣を振りかざした。ノアがその攻撃を避けようと、たたらを踏んだ。集中力が完全にとぎれた。
マリアへの呪縛がこれで完全に解けた。
マリアは足元に転がっている大剣を足先で真上に蹴りあげた。剣が目線の高さまで浮き上がってくると、マリアはその剣の柄頭にすばやく掌底を打ち込んだ。
マリアの剛腕で押し出された大剣は、まるで弾丸のようなスピードでノアの太ももを貫いた。
「うわぁぁぁぁぁ」
ノアは悲鳴をあげて、その場に一気に崩れおちた。
一瞬の出来事にノアに斬りかかったラドゥが驚いて動きをとめた。
自由になったからだを確認するように、マリアは自分のからだの関節をポキポキと鳴らしてから、手の中に新しい剣を呼びだした。
「うドゥさん、その男を見張っててもらえるかしら」
突然、指令をだされたラドゥが動揺する。
「見張って、どうするのだ?」
「おかしな動きをしそうになったら、死なない程度に……、まぁ、死んじゃってもいわ。とりあえず痛めつけてちょうだい」
突き刺さった剣を引き抜こうと、痛みに喘ぎながらもだえながら、ノアが恨めしげな目でマリアを見あげた。
「マリアぁぁ。おまえぇぇぇ」




