第73話 真の標的
不自然きわまりない護衛体勢——。マリアの疑念が募る。
マリアは正面の入り口をじっと睨みつけているレオンの横をすり抜けるように、少年の元へ視点を移動させると、迷うことなく少年の頭のなかに飛び込ませた。
ふいに視界が真っ暗になった。
なにも見えない。だが、少年の耳を通して聞こえる外の音だけが、くぐもって漏れ聞こえてくる。まるで水のなかに潜ったような感覚。
マリアは耳をすませた。外の音以外にもなにかが聞こえている。
『誰かいるかしら?』
マリアは心の声を送り込んだが、なんの反応もなかった。どんなに目をこらしてもなにも見えなかったし、どんなに耳をすませてもなにも聞こえなかった。
ただなにかの気配だけはまちがいなく感じられた。
マリアはもう一度耳を澄ませた。
が、突然、外の音が騒がしくなった。エコーがかかったような音だったが、あきらかにこの幕舎内が騒然としはじめたのがわかった。
『マ……アが……している。と……ろ』
だれかが怒りにまかせて叫んでいる。さらに別の人物はさらにおおきな声をあげているようだった。それにかぶさるように狼狽えたような声色が聞こえてくる。
『いえ……。スト……カ……、ロ……フ……。そんな……』
マリアは今この場所に、ストイカとロルフがいると確信した。
『ノア、どういうこと?。ロルフに感づかれたんじゃなくって?』
マリアが問いただしたが、ノアはなにも答えようとしなかった。
時間がない——。
マリアは焦る気持ちを抑えながら、暗闇のなかにこれ以上ないほどに集中させた意識をむけた。
『ねぇ、教えて!。この少年の未練ってなに?。この世で晴らしたい思いってなに?。だれか教えてちょうだい!』
マリアの渾身の叫びはただむなしく、暗闇のなかでこだまするだけだった。
あたりから漏れ聞こえてくる外の音は、しだいに先鋭感を増してきていた。くぐもった音がクリアになってくる。
ロルフがこの子に近づいてきている!。
マリアは悲鳴のような声で訴えた。
『教えて。ねぇ、その子はだれを恨んでいるの?」
暗闇のなかに潜むなにものかは、なにも答えようとしなかった。
だが、その時、はっきりと聞こえはじめた外の音にまじって、ジグムントの呟く声が漏れ聞こえてきた。
消え入りそうな咽ぶ声。あの時、串刺しにされながらも簡単には死なせてもらえず、焼けるような痛みにのたうつ、苦悶の表情そのものの声だった。
彼は呟いた。
胸をつくような無念の思いを……。
「お願い。ドラキュラを殺して……」




