第72話 キリスト教国の威信——?
「ずいぶん無謀な自信だな、ヴラド。わが国ハンガリーは大国だが、それでもメフメト相手では消極にならざるを得ない。ラースロー五世から王位を奪うのに、きみが協力してくれて、シュテファン同様、きみには恩があるが、簡単には援軍を出せなかったのは、メフメトと事を構えたくなかったというのもある」
「ふ、きみらの言うことも理解する。だが、いま、わたしはあとすこしで、オスマン=トルコを滅亡に追い込むところまできている」
「ああ、それが驚きだ。なんでも数人の未来人の力だと聞いているが……」
マーチャーシュがこころの感嘆をことばにすると、ヴラドは隣に座っているロルフを、鼻高々に紹介した。
「ああ。ここにいる未来人、ロルフのおかげだよ」
ロルフは口角をすこしだけあげて、ふたりの王に恭しく会釈した。
「ロルフ・ギュンターと申します。キリスト教国の威信を取り戻すために、約600年後から遣わされました」
キリスト教国の威信——?。
マリアはロルフの挨拶に違和感を感じた。
今回の任務は、捕虜になったあの少年の『未練』を晴らして、彼の生まれ変わりの要引揚者をサルベージすることだ。そこに宗教は関係ない。
マリアはこんなところで、三人の君主の世間話を聞いている場合ではないと思い出した。
『ノア、あの子、どこにいるか教えてくれる?』
『無理に決まってるだろぉぉ。ぼくのセンサーを今きみが使ってるんだからぁぁ。いまのぼくの感覚は、きみに委ねてるんだ』
『だったら、あの子を見つける方法を教えて」
『だぁかぁら、あの子のことをしっかり思い浮べてあげるしかないんだってぇぇぇ』
『ノア、あたし、さっきから、ちゃんと思い浮べて……』
そう思いっきり反論しかけた途端、ふっと目頭の奥のあたりにあの少年の顔がまたたたいた。
要引揚者の前世の少年、ジグムント——。
『ここじゃないわ』
マリアは気配を探って視線をめまぐるしく動かした。
するとマリアの視点はいともあっけなく幕舎の幌を通り抜けていった。そしてなにかに引っぱられるように、真横にある小さめの幕舎を突き抜けていった。
そこにジグムントがいた——。
手枷と足枷をつけられた状態でベッドに寝かされていた。その四隅には四人の兵士が配置されていた。だが、それより驚いたのは、その四人の兵士を統括するように、幕舎の入り口にレオン・ウォルフがいたことだ。
あまりに大袈裟な護衛態勢。不自然きわまりない。