第71話 王たちの鼎談
「ハンガリー王マーチャーシュ・フニャディ公。このたびは強力な海軍を派兵いただき感謝します」
ヴラドが右側にいる男に謝意を述べた。
マリアはその顔になぜか見覚えがあった。
「いやいや、ヴラド公。こちらこそ派兵がおくれて申し訳なかった。なにせ国内事情に問題をかかえておってな」
マーチャーシュがていねいな物言いで詫びた。武骨な印象とはちがっていたが、マリアはこの男に、したたかさを感じとった。
ふいにマリアはこの男の顔をどこで見たのか思いだした。
1000フォリント紙幣——。
ハンガリーの通貨に描かれた肖像画、それだった。
ヴラドが左側の男ににこやかに声をかけた。
「それにモルドヴァのシュテファン公。キリアの帰属の件で係争中ではあるが、またこうして会えたことうれしく思う」
マーチャーシュが驚いてシュテファンに尋ねた。
「シュテファン、ヴラドと戦争をしていたのか?。きみらは親友だったのではないかね?」
「ええ、大親友ですよ。我が父ボグダン公が暗殺されたとき、ぼくとヴラドはマーチャーシュ、あなたの父、ヤノシュ・フニャディ公の元に逃げ延びた仲ですからね。それなのに、ヴラドは『キリアの支配権を譲渡せよ』といきなりぼくに手紙を突きつけてきたんですよ」
「シュテファン、キリアはトルコ戦になくてはならぬ戦略要地であったのだ」
「ですが、ぼくはあのとき即位したばかりだったのですよ。国内の圧力もありますからね。簡単には呑めるわけないじゃないですか」
シュテファンが嘆息しながらヴラドに抗議した。マーチャーシュはそんなシュテファンの様子をみて、ヴラドに言った。
「ヴラド、きみがシュテファンの王位を取り返す手助けをしたのだろう。ワラキアの兵を挙げてシュテファンに協力した。なのになぜそんな無粋な真似をしたのかね」
「マーチャーシュ、わたしも余裕がなかったのだ。抵抗する国内の地主貴族を処刑して、国の全権を掌握したというのに、金貨1万ドゥカートと少年500人をトルコから要求されたのだ。前年の3倍以上。すぐに国がたちゆかなくなる額だ。トルコと一戦交えるしかなかったのだ」
ヴラドはマーチャーシュに弁明をした。が、シュテファンが異議を唱えた。
「ヴラド、それでもトルコには従うべきだったと思う。相手はあのメフメト二世だよ」
「あぁ、あいつのことは嫌というほど知っている。弟のラドゥとトルコで人質になっていたとき、あの男とは一緒に剣の訓練をしたし、いろいろ語り合った仲だ。だからあの男の素晴らしさも知っていたし、嫌らしさも知っていた。追い返せるという自信もあったが……」
「ずいぶん無謀な自信だな、ヴラド」




