第69話 負けっこないって顔ね
「だが、余が攻めたとき、これだけの戦力差があっても、この城壁は崩れなかったのだよ。そして今、余は今度はその城壁の内側にいる。この偉大なる力に守られている。その上、敵を圧倒する数の、しかも精鋭の兵士がいるのだ」
「負けっこないって顔ね」
「ああ、もちろんだ。この壁の守りだけでヴラド軍は確実に疲弊する。わたしの時のようにな。それほどこの壁は強固なのだ」
「それじゃあぁ、スルタンはヴラド軍に負けないっておっしゃるのですかぁ?}
それまでふたりの会話を黙って訊いていたノアが、正面切って質問した。マリアはメフメトは即座に否定すると思っていたが、メフメトはなにも言わずに空をみあげた。その様子に驚いて、ラドゥがあわててメフメトに駆け寄った。
「スルタン。大丈夫でしょうか?」
メフメトは心配そうなラドゥに顔をむけることなく、ゆっくりと首を戻すと、今度はうなだれるようにして言った。
「負けるはずはなかったのだ。おまえたちがいなければ……だがな」
「へーぇ。さすがじゃない。勝てない、とはわかってるなんて」
「報告されているおまえたちの強さを知れば、たとえ、アレクサンダー大王だろうと、ユリウス・カエサルだろうと敗北を予見する」
そうたんたんと述懐したが、メフメトはそれを恥じることも、落胆のあまり己を責めるでもないように感じられた。むしろ自分の偉大さは疑うことがないほどだが、それを上回るほどの災厄に見舞われたというような、清々しいほどの観念があった。
「気落ちしているようには見えないわね」
「それはそうだ。預言者ムハンマドはおっしゃられている。『アッラーは誰にも、その能力以上のものを負わせられない』。試練や辛苦は神の慈悲に近づく道なのだ」
「ふぅん。それはキリスト教とおんなじなのね」
マリアがかるく相槌をうったが、ノアは黙っていられなかったらしく、すぐさまそれを補完するように申し添えてきた。
「新約聖書『コリント信徒への手紙』10章13節『神は乗り越えられる試練しか与えない』だねぇ」
「ノア、あなたもそれを信じているの?」
「あたりまえじゃないか」
「まぁ、お気楽なこと。人類の歴史をみてきたら、まぁ、あたしは軽々しく言えないわ」
マリアはノアのほうに肩をすくめてみせた。メフメトはマリアに言った。
「さて、マリア。どうするかね。これからお互いに総力で戦って、この歴史ある街を破壊し尽くして、余からこの街をとりあげるかね」
そうあらためて問われて、マリアの心に疑念が再燃した。
「そうなのよね……」
「あなたの首を刎ねるまえに、ちょっと確かめたいことがあるの。時間をいただいていいかしら?」




