第68話 壮観としか形容のしようがないほどの大パノラマ
「で、その大宰相はどうなったの?」
「ハリル・パシャか……。ヤツの家系、チャンダルル一族は一族郎党根絶やしにしたよ。ヤツはコンスタンティノープル制圧に反対し続け、東ローマ帝国の有力者と秘密裏に和平交渉し、反対派とともに撤退を提案してきたからな。だが余はこの地を制圧した。余がただしかったのだ」
そう言うと、メフメト二世は歩廊の端の凸凹の壁『鋸壁』に近づいて、かなたの風景を見おろした。
「マリア、ノア、こちらに来て見て見るがいい」
促されるがまま、『鋸壁』の凹部の『矢狭間』から目をやると、見渡す限りの場所に十字軍が陣をはっている様子が見てとれた。
壮観としか形容のしようがないほどの大パノラマ——。
向こう岸から眺めるのとは、またちがう印象を覚える。
陣には各国の特徴的な意匠の色とりどりの旗がはためいていて、そのたもとには国や階級ごとにちがう制服や甲冑で身を包んだ兵士たちの姿があった。大小の幕舎や大砲なども各所に設置されており、いつ戦火の火ぶたが切られてもおかしくないほどにみえた。
戦い巧者のヴラド・ドラキュラとその右腕であるストイカが指揮をとっているのだ。それくらいの陣を敷いていてあたりまえだろう。それにロルフもいる。
だが今はどの部隊もまだくつろいだ様子でもあった。その証拠にいつもの幕舎近くでは白い煙が立ち昇っている。おそらく食事の準備中なのだろう。
「あの程度だ。我が軍をみるがいい」
メフメトにそう促されて、手前側、壁の内側に目をやる。
5メートルほどの通路には、武器を手にした兵士たちが整列していた。数キロに及ぶ通路をびっしりと埋め尽くしていると思わせるほどの人数だった。『外壁』の歩廊の上にはウルバン砲が備え付けられており、『鋸壁』の凸部の『小壁体』には弓兵や銃撃隊が身を潜めていた。そのだれもが武器の点検に余念がない。
「マリア、塔のせいで見えぬが、余がいるこの壁もおなじように、すべての場所にウルバン砲が据え付けられておる。それにこちらからうって出る兵力も、ヴラドどもの比ではない」
そう言ってメフメトが『外壁』と『最外壁』のあいだの通路を指し示した。
そこにはイェニチェリやイカレ集団『ボシボズク』、西洋の甲冑を身にまとった傭兵たちが、そこここで準備を進めていた。
「十字軍もかなり兵士が集まったと思ってたけど、さすがね、控えめにみても、戦力差のちがいを埋めきれなかったってわかるわ」
マリアは嘆息しながら言った。




