第65話 スルタン。悔しいですか?
「マ、マリアぁぁ。なんだよぉぉぉ、なにを説明しろっていうんだよぉぉ」
「あたしたちがここに何をしに来たかよ。あなた、説明するのは得意なんでしょ。戦うよりずっと上手だって聞いたわ」
「な、なんだよぉ、その戦うよりってぇぇ」
「いいから、そこの王様にあたしたちの任務を説明しなさい」
マリアはノアに命令した。ノアは有無を言わせぬ口調に観念したのか、背筋を伸ばすと、おずおずとスルタンの前に進みでた。
「皇帝。ぼくたち二人はあなたの動向をさぐるために送りこまれました。この街の外にいるヴラド軍の総攻撃の手引きをするのが、ぼくらの役割ですぅ」
メフメト二世の表情が険しいものに変わった。が、ノアを罵倒したのはメフメトの隣にいた細面の男だった。
「何を言う。自分たちがどんな立場にいるかわかって言っているのか!」
「ラドゥ、静まれ」
メフメトがいきり立った男を強い口調で諌めた。
「しかし、スルタン。傭兵と言えども、わたしの実兄がよこした者。あなたさまを愚弄するような真似を許すわけには……」
「あなたが……ラドゥさんですかぁ?」
そう言うと、ラドゥの代わりにメフメト二世がじろりとノアを睨みつけた。マリアはその目の奥におそろしいまでの自負と、そしてすこしばかりの失望を感じ取った。
「ヴラドもラドゥも元々は先代のヴラド二世が人質とさしだされたのだよ。ちからのない者とはかくも情けないものだな。我がオスマン=トルコ帝国に、自分の跡継ぎである長子と次子の運命を委ねたのだからな」
「あ〜ら。その元人質に反撃されておいて、ずいぶん偉そうじゃないの」
マリアはメフメトの目にあった失望につけこむように、煽ってみせた。
「あぁ、予想外だった。ふたりとも優秀な『イェニチェリ』になるはずだったのだがな。イスラム教に改宗させ、イスラムの歴史を学ばせ、イスラムの戦いを叩き込んでな。だがヤツはワラキアに戻ると、改宗どころか余に反旗を翻したのだ」
「スルタン。兄とちがい、わたくしラドゥはスルタンを裏切るようなことはしません」
ラドゥがメフメトに深々と頭をたれて、御意をしめした。
「あぁ。わかっておる。そなたはもうこの地で十年以上も我らと志をともにしている。ヴラド三世を倒したのち、ワラキアの統治はそなたに一任するつもりだったのだ。それがまさかこんな事態になるとは……」
「スルタン。悔しいですか?」
ノアが落ち着いた口調で尋ねた。マリアは驚いた。ふだんのノアとはまるで別人のような堂々とした口調。なにかがおかしい——。
「ちょっと、何を?」
マリアはおもわずノアに詰め寄ったが、ノアはマリアの抗議を一蹴した。
「マリアは口を挟まないでくれ」