第64話 オスマン・トルコ帝国スルタン メフメト二世
マリアが群衆のむこうに見える『ハギア・ソフィア大聖堂』の屋根を眺めていると、大宮殿の敷地から兵士たちが現れて、なかにはいるように促した。すぐ右手に競馬場の外壁が見えたが、両側をひときわ屈強な大男たちに囲まれ、すっかり外の様子は見えなくなった。
いくつもの建物のあいだを抜けていくと、奥に庭園が現れた。その横にある丸い尖塔の建物の前に、物々しいほど武装した兵士たちが待っていた。さきほどまでついてまわった兵士たちに、それらの兵士が加わった。
どうやらそこがスルタンが待ち受ける宮殿のようだった。
マリアはビザンチン文化の象徴ともいえるモザイクを見あげながら、足元の豪奢な絨緞の上を歩いていった。
正面の厳めしいおおきな扉がひらくと、玉座にスルタンが座っていた。
まだ若々しさを感じさせる顔立ちで、『征服王』と呼ばれ西洋を思うがままに牛耳っているようには見えなかった。
スルタンの周囲には勇猛だったり凶暴だったりする猛者が、すぐにでも飛びかからんばかりに剣を構えていた。
しかしスルタンのすぐ横にはべる男は華奢なからだつきに、すこし病的な目をみせていて、とても衛兵には見えなかった。それどころか東洋人ではなく、西洋人の顔立ちだった。
マリアはそれがメフメト二世のお気に入りで、ヴラド・ドラキュラの実弟であるラドゥだと見当をつけた。
「おまえか?。悪魔の子と言うのは」
スルタン、メフメト二世が口を開いた。ふんぞり返るように玉座に座り、重々しいほどに装飾品を身につけ、ことさらに権威を見せつけようとしているわりには、存外に高い声で、マリアはやや拍子抜けした。
「シャイターン?。それってなに?」
マリアがおもわず疑問を口にすると、ノアが小声で説明した。
「マリア、サタンのことだよ。悪魔だ」
「サタン?。まぁ、あたしのようなちいさな子によくそんなことを。あたしはマリア・フォン・トラップ。悪魔なんかじゃなくて、傭兵みたいなもの。まぁ、未来から来た傭兵だけど……」
「未来からきた傭兵?。おかしなことを言う?」
「信じられないかしら?」
「いや……。あのヴラド三世は信じているのだろう?」
「まぁ——。あれくらい活躍してみせて、やっと信じてもらえたってとこからしら」
「あぁ。そうだな。我が軍はことごとくやられた」
「だって、弱いンだもの」
「ふ、よくも言ってくれる。だが今、そなたはその弱い軍に捕まっておるのだぞ。そんな口を叩いていいのかな?」
「捕まってる?」
マリアははぁーーっとおおきく嘆息した。
「このおじさん、なにかおおきな勘違いしてるみたい。ノア、あなた説明してあげて」
そう言ってノアに説明役を任せた。が、ふいに大役を投げられて驚いたノアが、また騒々しく声をあげた。




