第62話 あの子はほんとうにタフだと思います
「どうした不安そうな顔をして。もしかして、マリアちゃんとノアを心配してる?」
ロルフがレオンの顔を覗き込みながら訊いた。
「あ、いえ……。ひとのことを心配している余裕はぼくにはまだ……。それに、この世界ではもし殺されても、肉体が死ぬわけではないですし……」
「死ぬよ」
レオンはぎくりとした。ロルフはいつだって軽々しく、そういうことを口にする。
「精神がね。レオン、キミもわかってるだろ」
「あ、はい、ええ。もちろんです。だからノアはすこし不安です」
「マリアちゃんは?」
「マリア……ですか。あの子は……あの子はほんとうにタフだと思います。ちょっと精神が傷ついたところで、案外どうってことないかもしれません」
つい本音を漏らしたが、すぐにレオンはすこしことばが過ぎたと思った。が、ロルフは吹きだして笑った。
「ははは、なるほどねぇ。キミのマリアの印象はそうなンのか。そんなにあの子はタフかい」
「ええ。生半のことでは揺らがない精神力は、おそらく挫折というのを経験したことがないからだと思います」
「レオン、キミはマリアには失敗が必要だって思ってる?」
「そうすれば人の痛みがわかり、マリアはより強くなれると思います」
ロルフがおどけて口笛を吹くまねをした。
「これ以上強くねぇ。それは勘弁してほしいモンだね」
「くやしいですが、それくらいの逸材だと……」
「そりゃ、キミもおなじサ」
「いえ。そう言っていただくのはうれしいですが……」
「レオン、きみこそ唯一無二の逸材なンだよ」
口調こそ軽々しかったが、真剣さはけっしてうしなわれていないとレオンは感じた。
「攻撃力の強いダイバーってこの世界にはいっぱいいるンだよ。ボクをふくめてね。だけどね、キミほどの防御力を持つ者は、世界でも数えるほどしかいないんだ」
「そ、そんなことは……」
ロルフはレオンの肩に手を置くと、ゆっくり力強く言った。
「もっと自信もちなよ。キミは自分の本当の価値を知らなさすぎる」
レオンは面とむかってそう言われて、心が震えた。からだが舞いあがるのではないかという気分になる。
「だからボクはキミをスカウトしたンだよ」
ロルフはそう言ってレオンの肩をポンと軽く叩くと、ヴラドのほうへ向かっていった。
それを見送りながら、レオンは嬉しくて仕方がなかった。
あんな頼もしいひとが、企んでいることが間違えているはずがない——。
そう、間違いがあるはずがないではないか。