第1話 ローマに火を放った異端者。その名はキリスト教徒!
これは夢見聖が、初めてマリア・トラップとエヴァ・ガードナーと出会った 第一話の前日譚。そして、この「昏睡病」がただの病気ではなく、1000年前の『ミレニアム』の時にかわされたある契約が元凶であることを知る序章。
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喊声が地響きのように、地を揺るがした。
コロシアムを埋め尽くす観衆は、目の前の残虐な行為に興奮、陶酔し、取り憑かれたように雄叫びをあげていた。
その狂気のるつぼの中心、競技場の中にはおびただしい数の死体が転がっていた。どの遺体も、血まみれで、身は引き裂かれ、腕や足は原形をとどめず、内蔵は散乱していた。
まだ息のあるものもいたが、すでに身動きする力はなく、ときおり呻くだけの肉塊と化していた。だがその生きている証の呻き声も、観衆たちの狂乱に飲み込まれて、だれの耳に届くことはなかった。
生きている命のなかに、一人の少女がいた。
彼女はおびえた表情で壁に背中にしてうずくまっていた。少女の服はボロボロに裂け、血があちこちから滲んでいるのがわかる。
少女の顔に影がおちた。そのとたん、あたりの血の臭いより強烈な、獣の臭いが鼻をついてきた。もうわかっているという表情で少女が、ゆっくりと顔をあげた。
そこに雄ライオンの顔があった。獲物を狩るときに見せる、鋭い眼光が少女の目を射った。血だらけの口元から、「がるるる……」という威嚇するように咽を鳴らす音が聞こえ始める。競技場の地面を這うように、低く重々しい雑味のある音が棚引く。
もう少女は恐怖に震えることもなければ、悲鳴をあげることもなかった。目を静かにとじて、胸の前で五指を組むと、囁くような声で祈りはじめた。すこし口角が上向いて笑顔めいた表情が少女の顔に浮かんだ。それは、まるで神に殉じることを待ちわびていたかのような、すがすがしさを感じさせた。
「がおぉぉぉっ」という咆哮とともに、ライオンが少女に飛びかかった。
わーっと歓声と拍手が巻き起こり、観衆がみな立ちあがる。
「皇帝!」
「万歳!。ネロ皇帝」
「わははは、見たか。ティゲリヌス!。さすがに百獣の王だな。まったく容赦がない」
皇帝ネロが玉座の横に傅いている近衛隊長官ティゲリヌスに話しかけた。ネロは玉座からずり落ちそうなほど身体を乗り出し、ティゲリヌスの頭のうえから唾を飛ばしていたが、気にする様子はない。
「さようで…」
ティゲリヌスはあたまの上から降りかかるネロの唾にも動じることなく、微動もせずに答えた。
「う〜ん。さすがのワシもあそこまで冷徹にはなれんよのう。スポルス」
ネロが隣に腰掛けている妻のスポルスに語りかけた。
まだ少女のような顔立ちの王妃は、蒼白になった顔面をうつむけるようにして、「皇帝陛下のおっしゃる通りでございます」とだけ答えた。
「うほほほほ。よくわかっておる。ま、そなたには特に優しくしておるからのぉ」
玉座のうしろに控えている腹心の一人、執政官のペトロニウスがネロに耳打ちした。
「皇帝陛下。そろそろ、民衆にこたえてやらねば…」
「ペトロニウス、おまえがやってくれ。ワシは面倒くさい」
「皇帝陛下!。皇帝とはすなわち神。神の代わりは私ごときにはつとまりません。ぜひとも皇帝のその美声を民衆にお聞かせください」
ネロ、すがめた目でまわりの人々の顔色をうかがうと、ペトロニウスの世辞にまんざらでもない様子で言った。
「ふうむ、そうだな。確かにおまえでは神の代わりはつとまらん」
ネロはゆっくりと玉座から立ちあがると、手を挙げて観衆たちのうねるような歓声と興奮を満身にうけた。
トーガをまとった、その体躯はずんぐりとして愚鈍な感じを思わせるが、目だけはせわしなく動き、生来の小心ぶりを物語っている。
ネロは人々の歓声を押さえるように手を挙げて、高らかに宣言した。
「ローマ市民諸君!。今、正義はなされた」
「ローマに火をはなち、諸君の肉親を、友を、財産を奪った者たちに正義の裁きが下されたのだ。その者の名はキリスト教徒!」
「新奇で有害な迷信を信じる邪教集団である!」
うぉーっとより大きな歓声があがる。
「万歳!。ネロ皇帝」
皇帝をたたえる民衆の声は、しばらくやみそうになかった。
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