第53話 ノアったら、なにがすぐわかる、よ!
あたりはたちまち兵士たちの悲鳴と苦悶の声で満たされていく。
マリアが取り囲んだ兵の前を猛スピードで一周したときには、腕か脚かのどちらかをうしなった兵士たちの壁ができていた。二列目以降にいて難をのがれた兵たちは、次は自分の番だとわかって、クモの子を散らすように逃げはじめた。
よし、恐怖を植えつけられた——。
マリアは思いっきりおおきな雄叫びをあげながら、正面に突進していった。
「うわぁぁぁぁ」
本来はたわいもない、可愛らしい幼女の声なのに、イェニチェリはその声を本能的に畏怖してからだをすくめていた。マリアは逃げまどうイェニチェリたちを、かわいい叫び声で威嚇しながら、司令官たちがいるいちばん奥のエリアのほうへひた走った。
まだ抵抗して攻撃をしかけようとするイェニチェリもいたが、本気で止めようと立ちふさがってはこない。あくまで牽制してくるというポーズだった。
正面に司令官たちのものと思われるおおきな幕舎が現れた。マリアは入り口脇の護衛兵を剣の腹で殴り倒すと、走ってきた勢いそのままに幕舎に飛び込んだ。
中は意外に明るかったが、なにより悪っていた以上に広かった。
「ふうん。ちょっとした体育館並みじゃない」
マリアはそう言ったが、低い天井を見あげて「まぁ、バスケットボールとかはできそうにもないけど」と付け足した。
中には二十人ほどがいた。
突然とびこんできた幼女に目を丸くしている。
マリアは肩をおとして、長嘆息した。
ぱっと見渡しただけでも、司令官らしき豪奢な身なりと、それらしい威厳を持った人物が三人もいたからだ。
しかも三人ともが浅黒い顔で顎に立派なひげをはやしていた。
「なによぉ、もう。ノアったら、なにがすぐわかる、よ!。ぜーんぜんわかんないじゃない」
マリアは大声で文句を言った。
奥から屈強そうな兵士たちが剣を抜いて、マリアの方にむかってくる。おそらくこの隊でも、指折りの精鋭の隊長クラスの者たちにちがいない。
「まったく、しょうがないわね」
それから10分ほどしてから、マリアはドナウ川を渡河してヴラドたちがいる陣地まで戻った。ロルフがいちはやく出迎えにきて、なにか労いのことばをかけようとしてきたが、マリアはあえて無視した。
そして『荷車陣地』を通り抜け、ヴラドのいる幕舎へいくなり、言い訳を言った。
「ドラキュラのおじさん。あたし、誰が司令官からわかんなかったわ」
そう言ってからマリアは、髪の毛を鷲掴みにしてぶらさげていた、三つの首を前に突きだした。
「だから、こンなかから、好きなもの選んで!」




