第50話 上出来よ、ロルフ——
上出来よ、ロルフ——。
その間隙を縫ってマリアは兵士たちのあいだを駆け抜けていった。兵士たちは突如現れた幼子に驚きこそすれ、攻撃や妨害をしてくるものはいなかった。どこから受けたかわからない攻撃で混乱していて、幼子にひとりに構うどころではないらしい。
だが、それも岸から100メートルほど奥に抜けたところまでだった。今度はさきほどの重歩兵部隊と違う格好をした人々が集まっていた。武装した馬を惹く兵士や重々しい甲冑を身につけている兵士たち。
鎧兵部隊と騎馬兵団たちのエリアだった。
彼らは前方の重砲兵部隊が受けた攻撃に色めきたっていた。なにが起きたかがわからずに、兵士たちは右往左往している。その混乱に乗じてマリアは駆け抜けようとした。敵襲のさなかに野戦陣地を走っている少女など、だれも咎め立てすることはないはずだ。
だが、その見立てが甘いことを、マリアはすぐに思い知らされた。
あともう少しで人ごみをすり抜けられそうなところで、数人の屈強な兵士たちに取り囲まれた。幕舎と幕舎のあいだを抜けようと進路を変えたが、そこにも兵士が立ちふさがった。マリアはいたしかたなく足をとめた。
「おじさんたち、なんか用?」
そう言ったときにはすでにマリアは幾重にも取り囲まれていた。なんとか道のむこうの様子をうかがいたかったが、マリアの背丈で見えるのはトルコ兵たちの脚だけだった。
マリアは一度ため息をついてから、真正面で手を横に広げて通せんぼをしている、ひと際おおきな体躯の兵士に言った。
「ねぇ、おじさん、そこ通してくれないかしら?」
「だめだ!」
「なんでぇ?。あたしただのちびっこよ。いい大人が意地悪するっていうわけ?」
「ただのちびっこ?」
その言い方はまるで忌むべきものを唾棄するような嫌悪が感じられた。マリアは取り囲んだ兵士たちの顔をみた。
そこにあるのは怒りや憤り、そしてわずかに畏怖……。
でもだれもが今にも飛びかかってきそうなほど、せっぱ詰まった表情になっている。
「ええ。見てのとおり、ただの小さな女の子よ」
「ばかを言うな。ただの女の子があんな速さで走れるものか!」
大柄の兵士がそう言い放つと、まわりの兵士たちは無言のまま、じりっと輪を縮めてきた。
「あれぇ?。そんなに速かった?」
マリアは頭を掻きながらそう言ったが、だれも口を開こうとしなかった。




