第49話 メフメト二世はいないのぉ?
「あれ?。メフメト二世はいないのぉ?」
「マリア、残念だけどいないのサ。おそらく首都『イスタンブール』から、こちらに向かっているとこじゃないかね」
マリアはこの攻撃の意図がわからなかったので、肩をすくめながら訊いてみた。
「待ったらいいんじゃないの?」
「まぁね。でもそれじゃあ、コンスタンティノープル……じゃなくて、イスタンブールを陥落させられないじゃないのサ」
「まったく面倒ね、ロルフ。元々はメフメト二世を倒せばいいだけだったんじゃない?。余計な約束をするから仕事が増えちゃってるじゃないのぉ」
「マリアちゃん、本当にすまないと思っている」
マリアはため息をついた。どっちにしてもやるしかないのだ。日頃から効率的なレスキューをしたいと願っているので、大暴れするのはどうにも気が進まなかったが、ロルフがこちらに望んでいるのは、その『大暴れ』なのは明らかだった。
「まったく気が進まないったら、ありゃしないわ」
ロルフとマリアの二人はドナウ川の岸辺に進みでた。ワラキア軍の陣地はそれよりはるか後方にあるので、隠れる場所もないふたりはまったく無防備の状態だった。
ロルフは剣を水平に構えた。
とたんに足元に一陣の風が巻き起こり、気流が流れはじめた。あたりの草がサワサワと騒ぎ立てはじめ、木っ端や砂が螺旋の舞を踊りはじめる。
その様子をトルコ兵たちが対岸から見ていた。何人かの兵士は指さしながら、なにかを喚いていた。ただならぬことが起きそうなことを察知したのかもしれない。
マリアはロルフのうしろでタイミングを伺った。ビュービューという風切音が耳に痛くなってくる。その風の音に、重々しい低音が加わってきたところで、ロルフが剣を対岸にむけて一閃した。
その瞬間マリアはダッシュで走り出した。
風の尖端が刃となってドナウの対岸へおしだされていったのが見えた。マリアはその風を追うように川のうえに身を踊らせた。
一瞬、水のなかに落ちるかのような軌跡を描いたが、マリアは川面を力づよく蹴った。からだがポーンとおおきく跳ねる。次のステップではさらに高く跳ねあがる。マリアは川の上を跳ね飛ぶようにして、対岸へむかっていった。
マリアは対岸にたどり着くと、そのスピードをゆるめることなく先を急いだ。対岸ちかくにいた前線のトルコ兵は、ほとんどがなぎ倒されていた。ロルフの風の刃の餌食になったのだ。
おおかたの兵士はからだに深い傷を負っているようだった。だれもが傷を押さえてうずくまり、呻いたり、泣き叫んでいたりした。首や頭などの急所に致命傷をうけている者は、すでに動かなくなっている。おそらくとっくに絶命してるのだろう。
さっと全体を見通すと、倒れているのはほとんどが重砲兵部隊のようで、半分以上を戦闘不能にしているのが見てとれた。