第46話 トルコ軍に攻撃をしかけろ!
「レオン。トルコ軍の攻撃をしのげるかい?」
ロルフがふいに打診してきた。レオンは一も二もなく返事した。
「ええ、もちろんです」
ロルフ・ギュンターの打診は絶対だ。断るなどという選択肢は持ちえない。
「ただ、あまりにも広範囲すぎます。全部を防ぐというのはさすがに……」
「んじゃあ、どンくらいの範囲ならイケんの?」
ノアは目の前にひろがるドナウ川の対岸をざっと見渡した。
「そうですね。ぼくを中心にして両側に1キロメートル程度ですかね。あの程度の大砲の砲弾なら、それくらいの範囲はなんとかなり……いえ、なんとかしてみせます」
「あの程度の大砲?」
ブラドがレオンが口にした言葉を聞き逃さなかった。
「レオン、貴様はウルバン砲をあの程度と抜かすか?。コンスタンティノープルもあれには苦しめられたのだぞ。あの大砲がどれほどの威力だと思っている!」
「殿、まだそのようなことをおっしゃいますか?」
ヴラドは威圧してきたが、レオンは毅然とした態度で言った。
「殿、そこにいるロルフ、そしてマリアが殿のご期待を上回る『力』をお見せしたかと思います。わたしも今からそれをお見せしたく存じます」
レオンは自信がみなぎっていくのを感じた。先だってまで、このブラドの前でずっと萎縮し続けていたのが嘘のようだった。この男は理不尽きわまりない暴君だが、『使える』と値踏みしたとたんに、態度を一変させる切り替えの早さがあった。
おそらくマリアもロルフも瞬時に、カリスマや横暴のなかに潜む、その実務的な臭いを嗅ぎ分けたのだろう。ならば自分もそこにつけ入ることができる。
ヴラドの威厳に飲み込まれることも、へりくだることもない——。
「殿、こちらからトルコ軍に攻撃をしかけていただけますか?」
レオンは恭しい態度でヴラドに申し出たが、なかば命令と言ってよかった。ロルフのやり方だ——。
「いいだろう。ストイカ!。攻撃命令を」
ストイカは逡巡するように視線を泳がせたが、すぐに君主に従った。
やがてしばらくしてから、前方のワラキア軍から号砲とともに煙が立ちのぼった。と、数秒後にトルコ軍の陣地に土煙がはねあがった。幕舎までは届かなかったが、前線で渡河の準備をしている兵士の数人がそれに巻き込まれた。
そこから一気に緊張が高まった。
対岸のほうでは指揮官らしき男が、何かを強い口調で命令しはじめ、砲手とおぼしき連中が砲座のほうへ駆け出していく。そのすぐうしろを補佐係らしき若者たちも続く。