第44話 それがあなたがツェペッシュ(串刺し公)と呼ばれる由縁
「あの森か!」
ブラドがおおきな声をあげて、テーブルを叩いた。その勢いでカチャンと皿が甲高い音をたてる。ノアはその嫌な音に首がすくんだ。
「そう。あの森に掲げた三万の串刺しの死体が、あなたがツェペッシュ(串刺し公)と呼ばれる由縁なわけよ」
それを聞いたとたん、ノアの脳裏にあの串刺しの森の風景が鮮やかに蘇った。とたんに、ここまで胃に流し込んでいたものが口元にせり上がってくる。あわてて口元をおさえた。隣で自分とおなじように無言を貫いていたレオンも気分悪そうにしているのが見えた。
当たり前だ。
あれを目の当たりにしてから、まだ数時間しか経っていないのだから——。
「そいつを見たメフメト二世は、戦意をうしなってついに撤退するンです」
ロルフがおもしろがって説明を続ける。
「それが……勝利……」
ストイカが息を飲んだ。
「『こんなことをやれる男を、どうやったら打ち負かせるかわからない』とか負け惜しみを言ってね。まぁ、実際にはハンガリーが参戦してくるという噂も味方したんだけどね」
自分がこれから演じる冒険譚をきいて、ブラドは満足そうに息を吐いた。
「そうか。わたしはあのメフメト二世を打ち払って、キリスト教世界を守り通したか。で、わたしの治政はいつまで続く?」
「続く?」
ロルフが怪訝そうに答えた。とてもわざとらしい仕草。ノアはロルフの小馬鹿にしたような彼の態度が前から気にいらなかった。自分にむけられていなくても、ひとの神経を逆なでする。
「わるいけど続かないよ、殿。あなたの英雄譚はここで終わりサ」
「な、なんだとぅぅ」
ブラドが血相を変えた。最高な気分に持ちあげられていただけに、自分でもどう反応していいのかわからないようで、すこし声が上擦って聞こえた。
「だってぇ、そんな虫の良い話はないでしょ」
「ど、どういうことなんだ」
「あなたは自分の国を焦土化しちまって、住民を10万人も死なせたンですよ。報いのひとつくらい受けンのがふつうでしょう。しかもトルコの脅威はまだ残ったままだし……」
「だがそれくらいせねば、我が国は守れなかった……」
「ざーんねーん。その我が国の地主貴族に裏切られるんだよね。しかもハンガリー王フニャディ・マーチャーシュにも。勝利のすぐあと、逮捕され幽閉されちゃうの。12年間も!」
「な、なに。では我が国はだれが統べるのだ?」
「決まってるじゃないのぉ……」
「メフメト二世がもっとも信頼する、聞き分けの良いイスラム教徒……ラドゥですよ」
「あなたの実の弟君のね」