第42話 ほんとうに聞きたい?。未来のことを?
「あなたの勝利はヨーロッパ中に希望を与えたんですけどねぇ。ヨーロッパの各地であなたの勝利を祝して『テ・デウム(主よ、御身を讚えまうる)[公教会・正教会の賛歌」』が歌われて、ほとんどのカトリック教会で鐘を打ち鳴らして偉業を讚えたんですから」
ロルフの賛辞にストイカが身を打ち震わせるようにして喜んだ。
「おぉ。なんという嬉しいことを!」
「なんだ。それを聞いてないの?。まったく頑張りがいがないじゃないのサ。元老院じゃあ『ヴラドの行為はキリスト教徒として称賛に値する。積極的に支援するべきだ』って声がおおきくなってるんだぜ」
だが、ブラドは眉をぴくりと動かしただけで、表情ひとつ変えようとしなかった。
「だが、誰も援軍を送ってこようとはせん。なぜかね?」
「フニャディ・マーチャーシュ、あいつだろ?」
ロルフがすぐさま断定したため、ストイカが取り乱したように反応した。
「お待ちください。ロルフ殿。マーチャーシュ殿下と我が殿ブラド三世は親族関係にあるのですよ。それに教皇ピウス二世からトルコを討てと勅命を受けたのは、ハンガリー国王マーチャーシュ殿下なのです。それがなぜ?」
「おそらくどこかしらの時点で、メフメト二世と密約が結ばれていたんだろ?。それにマーチャーシュっていうヤツは、親父さんとちがって人文主義的で戦争が好きじゃねぇって話だからねぇ……」
「ならば、この数年、わたしがハンガリーに援軍を、支援を求めて、なんども書簡を督促していたのは無駄であったというのか!」
ブラドはいきり立った。顔が真っ赤に染まっている。
「残念だけどねぇ……」
ロルフはブラドの気持ちをくみすることもなく、事務的に言った。
「トランシルバニア地方に展開していたハンガリー軍も今ごろは、首都に引き揚げさせているはずだぜ……」
ブラドの顔は怒りに滾っていたが、ゾッとするような赤い目でロルフを睨みつけると、声を押し殺して訊いた。
「わたしたちはこのあとどうなる?。3月にメフメト二世がワラキア討伐を宣言して、準備をしておると訊く。我々もドナウ沿岸に軍を配置しているが、戦力の差は歴然だ。こちらは12歳以上の男子を全員動員する臨時編制軍を組織したが2万が精いっぱいだ。だが、トルコ軍は15万とも30万とも聞いておる」
「ほんとうに聞きたい?。未来のことを?」
「ああ。聞かせてもらおう」
「殿、あなたは……まぁ、勝ちますよ」




