第40話 それでトルコの使者の頭を杭を打ちつけて殺したのね
激高するブラドをまるで煽るようにマリアが尋ねた。
その顔つきをみると、ただの好奇心で聞いただけのようあったが、ノアにはまた火に油をそそぐようなまねをするマリアの態度には舌打ちする思いだった。
ノアとおなじように感じ取ったのか、ストイカがあわてて口を挟み込んできた。
「マ、マリア殿、それはわたしどもワラキアとトルコとのあいだに条約が結ばれていたからなのです。ハンガリーと同盟することは条約違反で、この婚礼によって条約が破棄されるのではないか危惧していました。トルコはなんども使節をよこしてきて、忠誠心の確認をもとめてきたのです」
「服従と従属と貢納の一方的な条約だったがな」
「あぁ……、それでトルコの使者の頭を杭を打ちつけて殺したのね」
マリアがあっけらかんと言った。
「頭に杭を……?」
ストイカが驚いた表情をして、マリアに尋ねた。
「えぇ。有名ですわよ。使者が謁見してきたときに、ドラキュラおじさんの前で被り物を脱がなかったという理由で、帽子を頭に杭で打ちつけたって……」
「いや、それはどういう……?。イスラム教では被り物は脱がないのが正式でしょう?」
「えぇ。でも、それを非礼だと言って……。え、そうじゃないの?」
マリアが間抜けな顔で首をひねると、ブラドが苦笑しながら言った。
「それもドラキュラ伝説っていうヤツかね。ずいぶん、おもしろい逸話ができあがっているようだな」
「さようで。ずいぶん無粋な逸話かと……」
ストイカもブラドに同意した。ブラドはマリアのほうに目をむけてすごんだ。
「マリアよ、わたしは相手を殺すのに、つまらぬ言いがかりなどつけぬ。殺したいから殺す。それがたとえトルコの使者であっても、ただの病人であってもだ」
ノアは自分にむけられている言葉ではないのに、がたがた震えているのに気づいた。椅子に座っていなければ、立っていられないにちがいない。
「ま、いいわよ。で、実際にはなんで開戦することになったのよ?。勝てっこない相手なのに」
「あ、はい。トルコは我が国ワラキアの忠誠の証として、デウシルメ要員として五百人の少年と貢納金三万ドカートを持参し、殿みずから表敬訪問せよと要求してきたのです」
「あきらかにわたしを捕らえるための罠だよ。だがわたしは父ブラド二世が陥った罠を忘れてはいない。父は騙され、わたしと弟ラドウは人質にされたのだからな。だからわたしは会見場所にドナウ川畔の要塞ジウルジウを指定して、トルコの姦計の逆をついた」
デウシルメ------------------------------------------------------------
オスマン帝国においてキリスト教徒の子供 (8~20歳ぐらい) を3~8年に1度ずつ強制徴用して,イスラム教徒に改宗させ,トルコ・イスラム的習慣を身につけさせて宮廷の侍従およびイェニチェリとして取立てた制度