第39話 残念ながら、わたしたちは追い詰められています
ノアにとってすべてが悪夢のようであった。
ロルフの試技が終わり、マリアがけじめをつけたことで、ようやくこちら側の力を信じてくれたらしかった。ノアにとってそれは正直ほっとすることで、嫌悪感しか抱けないこの時代で、はじめての嬉しいことでもあった。
城に戻ってくると、ノアたちは午餐に招待された。
そこはおそらく他国の要人らを招いたときに使われる豪華な部屋のようだった。落ち着ける場所とはいえない厳かな雰囲気にもかかわらず、近くで武装した兵が警備している。たとえ歓談の席であっても、とても気が休まるはずはない。
ロルフとマリアは運ばれてくる豪華な食事をこころから堪能していたが、ノアはただ口に運んでいるだけで、とても味どころではなかった。それはレオンもおなじようで、食事がすすむにつれて、だんだん顔色がわるくなっていっていた。
食事がメイン・ディッシュにさしかかったところで、ロルフがブラドに尋ねた。
「で、殿、今どういう状況なのよぉ?」
ブラドはなにも言わず、皿のうえの肉を口の中に放り込んだ。
「正直に答えてよね。ドラキュラのおじさん」
ブラドの不遜な態度にマリアが苛立ちを隠さない口調で問い詰めた。だがすぐに口を開こうとしない主の様子をみて、ストイカが説明役を買って出た。
「残念ながら、わたしたちは追い詰められています……」
「すでにオスマン=トルコとは戦争状態で、今のところ奇襲攻撃が成功して、トルコ軍に打ち勝ってきますが、時間の問題です。この三月にメフメト二世が我が国へ正式に宣戦布告しました。大軍を率いてドナウ川を渡河して、ワラキアに進軍してくることでしょう」
「今、その迎撃の準備をしているがな」
ヴラドが口で肉を噛みながら言った。
「我が軍は圧倒的に非力だ。ヤノシュ・マーチャーシュになんど要請しても、頼みのハンガリー軍は動こうとはせん。もう我らだけで迎え撃つしかない」
「殿、マーチャーシュ公にも動けぬ事情があるはずかと……」
「ストイカ、まだ言うか!」
ブラドがドンと力を込めてテーブルを叩いてたちあがった。ノアはその音と剣幕に身震いさせた。おもわず頭が下にさがる。
「あの男は、神聖ローマ帝国のピウス二世教皇、直々にトルコ軍迎撃を命じられたのだぞ。多額の軍資金を授けられてな。だから緊張関係にあった我が国ワラキアと和解するため、自分の妹マリアをわたしの妻として差し出してきたのだ。わたしは反トルコ戦線のためにそれを快くうけた。なのにいざ戦争がはじまったら、あの男は派兵をためらっているのだ!。マリアとの結婚がトルコとの開戦の引きがねになったというのにだ」
「それってどういうことなの?」