第38話 ロルフは『風』の能力の持ち主。あたしは……
「あぁ……、大丈夫だ」
ヴラドはそう答えたが、こころなしか顔が蒼ざめているようだった。
マリアはすこしがっかりした。
すごい英雄ときかされていたのに、人の忠告はきかないし、自分の身が危険にさらされたら、ふつうの人とおなじように怖けづいている。完全にぶっ飛んでいてくれてて、あやうく死にかけたことさえ、鼻で笑ってくれればとも思ったが、どうやら眼鏡違いだったらしい。
だが、それとは逆にストイカは興奮のせいか恐怖のせいなのか、やたら高揚してみえた。
「マリア殿、いまの剣はなんだったのです?」
ストイカが高揚感を沈めるように、胸を押さえながら尋ねた。
「今の?。ああ、ロルフの剣のことね」
「そ、そうです」
「ロルフは『風』の能力の持ち主。だから剣に『風の力』をまとわせて、一気になぎ倒すことができるの」
「風の力……ですか。では、マリア殿、あなたはどんな力をお持ちなのです?」
マリアはあまり自分の能力を口にするのは好きではなかったが、興味を剥き出しにしたキラキラした目に見つめられて観念した。
が、そのとき、広場の中央の床石の上にべったりと張り付いて倒れていたはずのトルコ兵が、がばっと跳ね起きるのが見えた。マリアの目が男と合う。
男は迷うことなくマリアのほうへ突進してきた。彼は血塗れになっていたが、どこも怪我をしていなかった。地面に伏せていたことで風に巻き込まれなかったのだろう。からだは血だらけだったが、おおかたあたりの犠牲者の血が付着しただけなのだろう。
「マリア殿、お逃げください」
ストイカが叫んだ。
「あの男はあなたを人質にとるつもりです」
「あ、そうなの?」
マリアはストイカの警告を軽く受け流すと剣を身構えた。男が剣をふりあげてマリアに襲いかかった。その血走った目と歯を食いしばった必死の形相から、男の決死の覚悟がみてとれた。
男が剣を振り下ろした。その剣先をマリアの剣が薙ぎ払う。
ゴキン、と鈍い音がした。
その兵士の剣がマリアの剣とぶつかったとたん、彼の腕は上腕の真ん中からぼっきりと折れていた。まるでぶかぶかの服の袖をだらしなく垂らしているように、男の上腕がだらりと垂れ下がる。
広場に乾いた金属音を響かせて剣が床石に転がり、男はその場に崩れ落ちた。
マリアは背中の鞘に剣を戻すと、ストイカにむかって言った。
「ストイカさん、今見たとおりよ……」
マリアはすこしだけ恥じいるように、肩をすくめて言った。
「あたしの能力は『剛腕』……、つまり力業っていうヤツ」