第8話 セイ、首を刎ねてやるわ
「セイ、首を刎ねてやるわ」
女王は足下にいるセイを見おろして、開口一番、わめくように言った。
「ハートの女王様、そんなむごいこと、やめて」
女王の手につかまれているアリスが命乞いをした。
「許さないわよ。こいつはこの庭にいるものを全部殺したのよ」
「でも、首を刎ねるのはよしてちょうだい」
「じゃあ、踏みつぶしてやる」
そういうなり、女王は足をおおきくあげて、ドン、と力いっぱい踏みつけた。セイは逃げる間もなく、女王の足の下敷きになった。
「セイ!!」
アリスが悲鳴をあげた。
「大丈夫。アリス。心配ないよ」
踏みつけたられたはずの女王の足下から、セイの声が聞こえた。アリスが上からのぞき見ると、セイが女王の足下からはい出てくるのが見えた。
「女王、ハイヒールは踏みつけるのには不向きだよ」
セイが下から大声で助言すると、女王は怒り心頭という顔つきで叫んだ。
「衛兵。この男を捕らえなさい」
ふと見ると、いつのまにか、まわりを、トランプのからだをした兵隊たちに囲まれていることに気づいた。トランプたちは皆手に槍を掲げて、セイのほうへ先端をむけていた。
「あれ、あれ、囲まれるにもほどがあるな」
そういうと、セイは小瓶をとりだして、ぐびり、と今度はたっぷりと咽に流し込んだ。
見る見るセイのからだがおおきくなっていきはじめていく。まわりを取り囲んでいた兵隊たちのうえに落ちた、黒い影が伸びていく。驚きの表情でじりっと後退する兵隊たち。
ハートの女王とおなじくらいおおきくなったところで、セイが大地を蹴飛ばして風をおこした。その風に煽られたトランプの兵隊たちは、テムズ川まで飛ばされそのまま流されていった。セイがテムズ川の水面にうつる自分の姿に気づいた。
そこにはエプロンドレス姿に女装した巨人がいた。思わずセイが漏らす。
「すげー、恥ずかしいンですけどぉ」
「なんて、破廉恥な!」女王が怒りまかせに叫んだ。
「ですよ・ね!」とセイも同調する。
「そんな薬を隠し持っているなんて、恥をしるべきです」
「あ、そっち?」
「セイ、迎えにきてくれたのね」
女王のてのなかのアリスの声にセイがすぐに反応した。
「女王陛下、失礼します」というなり、顔にびんたをくらわせる。虚をつかれて手が緩んだところをセイは見逃さない。女王の右手からアリスを取り戻すと、やさしく手に包みこんだ。
「アリス、大丈夫だった?」
「セイ。なんともないわ」
セイはほっとして、にんまりと笑った。が、そのままセイの顔が引きつった。
ハッとして気づくと、ハートの女王がセイの首をむんずと掴んでいた。
「首を握りつぶしてやるわ」
身動きを封じられた上、息ができなくなったが、セイはまずはアリスを助けようと、しゃがみ込んで地面にむけて手をのばした。
だが、なぜか地面に手が届かなかった。
「セイ、届かないわ。もうちょっと下よ」
こんなに大きくなっているのに、数メートル先の地面に届かないのが腑に落ちない。セイはハッとした。
縮んでいる……!。
この巨人の姿は、あの小瓶のなかの液体を飲んでも、そんなに長続きしないのか。
セイは女王に首元をつかまれたままの状態で、精いっぱい叫んだ。
「ドジソン!。チャールズ・ドジソン!、どこだぁぁぁ」
するとすぐ下の木立から声がした。
「セイ、ぼー、ぼくはここだ」
セイは顔をしかめながら、ドジソンに言った。
「そこでアリスを受けとめてくれ」
「むー、むー、無理だ。ぼー、ぼくの力では」
「ぼくのからだは縮んでいる。はやくしないと手遅れになる」
「でー、でも……」
「ルイス。ルイス・キャロル!!。きみのアリスへの愛をいま見せてくれ」




