第26話 まだそんな弱気なこと言ってンのぉ?
「ふ、かくいう、ワシも幼少の頃、父に弟ラドゥとともにオスマン=トルコに人質に出されて、イェニチェリとしての訓練をさせられた。まだ少年時代のメフメト二世とも、剣を交えたこともある」
「知ってるわ。あなたがそのときに叩き込まれた剣と戦術を使って、今度はトルコを苦しめているのもね」
マリアがしたり顔で言うと、ヴラドはにんまりと笑った。
「まぁ、そういうことになるな。わたしはヤツらのやり方がわかっているからな」
「ならばあなたの戦略と、わたしたちの力でメフメト二世を討つというのはどうです?」
「ほう。そなたたちはがワシに加勢してくれるというのかな」
「もちろん、喜んで」
そう言うと恭しくロルフはヴラドの足元に傅いた。それをみたレオンとノアもあわてて、おなじように頭を垂れたが、マリアはどこ吹く風とばかりに、部外者を決め込むことにした。
ヴラドはストイカとすばやく目くばせをしてから、ロルフたちに声をかけた。
「メフメト二世の軍に夜襲をかける計画がある。そなたたちはそれに参加してもらおう」
「夜襲?。オスマン=トルコ軍を正面から叩くのではなく?」
ロルフが頭をあげながらヴラドに尋ねた。
「残念ながら我が軍はトルコ軍にくらべて数は少なく、しかも練度も低い。なによりもイェニチェリという精鋭部隊を投入されれば勝てない。ほかの国のように滅ぼされるだろう……」
「ずいぶん慎重ではないですか?」
「そう言ってくれるな。あのメフメト二世にはおおくのキリスト教国が滅ぼされているのだよ。そう、東ローマ帝国、モレアス専制公国、アテネ公国・セルビア・トレビゾンド帝国……」
「ワラキア公国もそこに加わると?」
「やり方を誤ればな。このヴラド三世、おのれに強い意志と不退転の覚悟があると知れども、我が国の兵力が同等とは考えてはおらぬ。それを見誤らないからこその夜襲なのだ」
「なぁに、それ?。がっかりだなぁ。まだそんな弱気なこと言ってンのぉ?」
ロルフが突然、侮蔑がこもった声遣で断じた。その声のトーンにヴラドが怒りで反応した。
「弱気。このドラキュラを、ドラゴンの子と呼ばれたわたしを、弱虫呼ばわりするか!」
ヴラドが腰から剣を引き抜き、ロルフにむけて構えた。広大な空間がひろがっている地下牢全体の空気が凍りついたような、緊張感が一気におおいつくす。ロルフのうしろで頭を垂れていたレオンとノアは、まるで腰が抜けたように身動きができずにいた。
やれやれ、あたしのことを叱っておきながら、まったくどっちが失礼なんだか……。