第24話 その顔には見覚えがあった——
その時、こちらにむけられた感情のない目のなかに、おそろしいほどの怒りに滾る視線をみつけた。もうノアの感応力に頼らずともわかった。
この絶望の中にあって、これだけの怒りを発露できることがレオンには信じられない。
「そこの少年!」
レオンは牢の奥を指さした。檻の前にいた人々がその方向に目をむけた先に、少年が立っていた。
「うわぁぁぁ」
すぐ真横にいたノアが悲鳴をあげると、腰が抜けたようにドーンと尻餅をついた。
その顔には見覚えがあった——。
あの時串刺しの森で、杭に突き刺されながらも、まだ生きながらえていた少年だった。
途切れることがない痛みと苦しみに悶絶しながら、緩慢でありながら絶対に避けられない死を思い、悲しみと悔しさに落涙したあの表情が頭をよぎる。
少年はゆっくりと、レオンのほうへ近づいてきた。
ふいに、死者が蘇ってきたような錯覚に襲われた。おもわずからだがのけ反り、あとずさりそうになる。
だが、ロルフがそうさせなかった。いつの間にか背後にまわったロルフは、レオンの背中に手をあてがい、後ずさりさせまいとしていた。
おもわず振り向いて、ロルフを見たレオンは驚愕した。
ロルフは牢屋の奥を鋭い視線で見つめていた。が、その目にストイカとおなじような狂気が宿っているように、レオンには見えた。
「この子なのかい?」
ロルフが冷たい石畳に尻餅をついたままのノアに確認した。ノアは震えるようにして、頭をガクガクとさせて頷いた。ロルフはストイカに尋ねた。
「ストイカさん。この子は?」
「その子は『イェニチェリ』と呼ばれる精鋭暗殺隊の訓練兵です。ブルガリアのイスラム街に潜んでいました。名前はジグムント……。メフメト二世がたいへん目をかけていた兵士だと聞いています」
「なるほど……ね」
ロルフはそう言うと手を鉄柵のなかに伸ばし、目の前の少年の頭の上に手のひらをかざした。
その手からたちまち、チカチカとした光が瞬く。
と、少年の頭上に顎髭をたくわえた老人の顔が浮かびあがった。レオンには要引揚者とされる男の姿だとすぐにわかった。
老人がなにかを言おうと口を開きかけたが、すぐにロルフは手をひっこめた。老人はひと言も発することなく、少年の頭の中にすっと消えていった。
ロルフはゆっくりと振り向くと、レオンとノア、そしてマリアを見て、ドイツ語で言った。
「ミッションが判明したよ」
「メフメト二世を殺せ、だ」