第22話 あの房にいるのは我が国の市民です
「あぁ、あれはヴラド様が隣国ブルガリアにある、トルコ人街に先制攻撃をしかけたからです」
「ど、どういうことです」
「我が国と隣接するブルガリアには、オスマン帝国の拠点がいくつもあるのです。わたしたちはそこに先制攻撃をしかけました。そのときに兵士や一般市民を虐殺しましたが、その一部は捕虜として連れて帰ってきたのです。もうひと働きしてもらうためにね」
レオンはほかの房に目を走らせた。
だれも叫ぶことも、動くこともなく、ただ通路をいく自分たちを、精気のない目でじっと見ているだけだった。レオンはそのなかに、あきらかに東洋系でない人々が収監されている房を見つけた。
そこはあきらかに兵士ではない姿の者ばかりで、女性や子供、老人がほとんどだった。彼らはどう見ても西洋人にみえた。
「このひとたちはオスマン=トルコの人々なのですか?」
「あぁ、その房ですね。そこにいる者は、わが国の市民です」
「なぜ市民が?。しかもあんな子供まで……」
「彼らはイスラム教徒に改宗したという罪を犯した者や、ダン・ダネスティの反乱を支持してブラショフに隠れていた者たちです」
「そんな……」
「レオンさん。わたしたちは生存競争をしているのです。弱肉強食のね。みずから弱肉になり果てるわけにはいかないのですよ。そのためにはどんな手でも使わねばならないのです」
「だ、だからと言って自分の国の市民までも……」
「オスマン=トルコのスルタン、メフメト二世の軍隊は9万、私どもの軍は3万しかおりません。しかもそのほとんどは寄せ集めの市民、そして傭兵たちです」
ストイカの口調は窮状をことさらに訴えるでもなく、感情にまかせて嘆くでもなく、ただ実直な淡々としたものだった。自分たちを冷めた目でとらえ、主観的なバイアスに引き摺られない正確な分析——。
「メフメト二世は特別な騎兵隊、砲兵隊、工作隊を雍し、なによりも高度に訓練された殺人部隊『精鋭部隊』を用いることができた」
「だ、だからといって、女性や子供を……」
レオンはおもわず正論を口にした。
いつの間にかからだがたがたと身体が震えている。
だが、だからやれることは、なんでもやっていいのだ、という暴論を『是』として受け入れるのは、どうしてもできなかった。
「レオンさん。私たちは生存競争をしているのです。弱肉強食のね。力が及ばないからといって、みずから敵に頭を差し出すわけにはにいかないのですよ」
その声はやさしく、諭すような口調であったが、あきらかに怒気を含んでいた。