第13話 そこにヴラド・ドラキュラが現れた
ワラキア軍がマリアたちの前に現れるのに、それから10分近くあった。
車や飛行機の時代とちがって、早馬で駆けてきたところで、案外時間がかかるようだった。
兵たちはそこにいるのが、少年と幼女であるのをみて、いささか拍子抜けしたようだったが、ロルフがなにやら兵に囁くと、たちまち態度はいっぺんした。
すぐに首都トルゴヴィシテの宮殿まで連れて行かれることになった。
多少ぞんざいな扱いを受けたが、途中で拷問を受けることもなければ、無駄口を叩かれていびられることもなかった。
宮殿に到着するとマリアたちは謁見の間にむかった。
列柱の続く回廊はいたるところに松明が灯されていた。まるで夜の帳に抗わんばかりに煌々と辺りを照らしている。炎がレンガ造りの壁に不揃いの影をゆらめかせる。
謁見の間にはすでに多くの兵や臣下たちが集まっていた。ここでも灯はかなり用意されていたが、とても薄暗かったので、彼らの表情は読み取れそうにもなかった。だが、真夜中に招集をかけられた臣下たちの目は、けっして歓迎ムードのものには感じられなかった。
そこに、ヴラド・ドラキュラが現れた。
肩からかけたビロードのマントが石畳の床を滑り、衣擦れの音をたてる。ほの暗い部屋のなかで、その音がやけに耳について感じられた。
気持ちがわるい——。
マリアの第一印象は嫌悪感が先にたつものだった。
だが、顔立ちや見た目が嫌なのでははなかった。
ヴラドの満身から匂い立つなにかが、マリアにそう言わせた。
それは邪気や狂気をあたりにまき散らし、空気を澱ませていたが、おそろしいことに清々しく感じられた。まるで人々を夢見心地にさせる死臭、というべき相反な香り。
マリアは一瞬自分の嗅覚を疑ったが、それは紛れもなく、邪悪で、猜疑に満ち、一片の慈悲もない悪意の塊だった。
そのバランスのわるい臭いは、心底気持ち悪かった——。
ヴラドが口を開いた。
「そこの少年兵……。貴様たちはどこの者だ。トルコか、ハンガリーか、それとも……」
「陛下。どちらでもないし、地主貴族に雇われたわけでもないわ」
マリアは煩わしい尋問をきりあげたかったので、自分たちの身元をさっさと打ちあけることにした。
「あたしたち、未来から来たんです。そうね、600年ほど未来からね」
ヴラド・ドラキュラは眉ひとつ動かさなかった。
おそろしく気まずい沈黙が流れる。そのプレッシャーに耐えきれなかったのか、側近の者がマリアを叱責する役を買って出た。
「いいかげんなことを言うな。小娘!」
だが、ヴラドはその側近に鋭い視線を投げつけた。
「誰が口をきいていいと?」
ヴラドはそのひとこで狂暴さを垣間見せた。たちまちその男は顔を蒼ざめさせた。
恐怖はほかの者たちにも伝播した。ひとりの出しゃばりのせいで、自分たちに責がふりかかるのではないかという思いに、みな身を縮こまらせた。