第7話 ヴラド三世のことを調べるの?
「マリア、少々ことばが過ぎますよ」
エラはようやく落ち着きをとり戻してきた様子のレオンとノアのほうを見ながら言った。
「あの二人の主への篤信は、ほんとうに素晴らしいのですよ」
そうエラに諭されたが、マリアには信心深さなどはどうでも良かった。
「次のダイブは二時間後くらいでいい?」
「わかりました。それと、特任教授のロルフ・ギュンターを同行させましょう」
ふいにだされたロルフの名前に、マリアは顔をしかめそうになった。だがそんな態度をとると、伯母はいい顔をしない。
「ロルフ……。まぁ、それなら心強いわ。彼もちょっと不良っぽいハンサムだしね。じゃあ、時間まで図書館に行ってるわ」
「ヴラド三世のことを調べるの?」
「ええ、エラ叔母様。わたし、とても興味が湧きましたの。どんなに狂ったら、あんな残酷な真似ができるのか、ぜひ知りたいんです」
マリアは次のダイブまでの空き時間を図書館で調べものをして過ごした。
さすがヨーロッパでも指折りの神学系の大学とあって、館内端末で検索をかけると、巨万というほどの資料がヒットした。ただルーマニア語やスラヴ語で書かれたものが多く、結局、普及した定番的な書物しか読むことができなかった。
その中でマリアが理解した当時の状況は次のようなものだった。
当時聖戦を掲げて領土拡大をおこなっていたオスマン=トルコは、ヨーロッパの占領の最大拠点、東ローマ帝国の首都コンスタンチノーブルに迫っていた。
異教徒の迫りくる脅威に、ローマ教皇はヨーロッパ諸国に十字軍結成を呼びかけ、それに対抗しようとした。
ドイツ、フランス・ルクセンブルグ・ハンガリーなどのカトリック諸国、そしてポーランド、ワラキア、モルドヴァなどのバルカン諸国はそれに呼応し、広範囲な反トルコ十字軍が結成された。
だが、西方公教会教徒のヨーロッパ軍に対して、『東方正教会』のバルカン諸国連合軍とでは温度差があり、足並みがけっして揃っているとはいえなかった。
その上、カトリック教会内部でもローマとアヴィニョンに教皇が並立する大分裂時代を迎え、各国の十字軍の騎士団が別々の教皇に祝別されて出達するというありさまとなっていた。そして、そのような結束の甘さをつかれた結果、キリスト教徒陣営は取り返しのつかない事態を招いてしまった。
コンスタンチノーブルの陥落——。
ビザンチン帝国と呼ばれた東ローマ帝国の首都は、オスマン=トルコの若きスルタン、メフメト二世によって奪取され、1100年にも及んだローマ帝国は終焉を迎えた。




