第6話 マリア、あなたの足手まといになってしまったようね
マリア・フォン・トラップのダイブは不本意ながらすぐに終った——。
現実世界のほうでレオンとノアが吐瀉物で窒息しかけたために、ドクターストップがかかったからだった。『エマージェンシー・サルベージ』の処置だった。
緊急で引き揚げられたあともレオンとノアの二人はずっと嘔吐いていて、ついには胃の中が空になっても胃液を吐き続けていた。かなり優秀だと聞いていただけに、目の前で鼻水をたらし、涙にむせんで、涎や吐瀉物で服を汚して、苦悶する二人の姿を見ながら、マリアは落担を隠せなかった。
「マリア、あなたの足手まといになってしまったようね。ごめんなさい」
大変申し訳なさそうな顔をしてエラ・アッヘンヴァル学長が近づいてきた。
「あら、エラ伯母様、ご心配なく。わたし、そういうの訓れてますもの。それにこの患者の前世にはもう一度潜りなおす時間は残されてるでしょ」
「そうね。すぐに潜れば、もう一回は大丈夫。リトライしてもらえるかしら?」
「もちろんよ。でも、あのふたりはどうするの?。もう使い物にならない気がするけど」
「ご心配なく。バイタルサイン(生命兆候ー脈拍・呼吸・血圧・体温)が乱れただけよ。精神がやられたわけじゃない」
「本当に?。けっこう大騒ぎしてましたようですけど……」
「大丈夫よ。あのふたりは我が校のエース。ドイツの『ダイバーズ・オブ・ゴッド』の次世代を背負って立つ逸材なのよ。あの程度でメンタルはやられない」
「伯母様がそうおっしゃるなら……。レオンもノアもとってもハンサムだから、このままダイバー失格になっちゃうのはもったいものね」
「まぁ、マリア。ダイバーの能力に見た目は関係ないでしょう」
「あら、伯母様はそういう趣味なのかと思いましたわ。レオンは少年のような透明感があるし、ノアの病んだような弱々しさは母性本能をくすぐるわ」
「マリア。わたくしはそういった基準で、ひとを選んだりはしていません」
「じゃあ、そういうことにしておきますわ。ところで、今度はもうすこし手前の時代から潜らせてくださいな。ヴラド公が何万人もひとを串刺しする前にね」
「ヴラド公?。ダイブ先はワラキアだったのですか!」
「ええ、エラ叔母様。わかってて送り込んだんじゃないのかしら?」
「知ってるもんですか。この病気は潜ってみないと時代も国もわからない。マリアも知ってるでしょ」
「ええ。でも、あんな能力の鈍いひとを送り込むからには、下調べくらいしてるかと思ってましたわ」