第5話 15世紀のルーマニア、当時ワラキアって呼ばれていた国
そう言って自分たちのすぐ近くにいる死体を指さした。
レオンは喉元をおさえながら、ゆっくりと指さされたほうに目をむけた。隣のノアもおなじようにそちらに顔をむけていた。
その死体は少年の死体であった。13、14くらいだろうか……。
だが、ほかの死体とちがってまだすこし高い位置にかかげられていた。そしてまだ杭の先がどこからも飛び出ていないように見えた。
その少年の目が、ぎょろりと動いた。
レオンは声をうしなったが、ノアは反射的に大声をあげた。
「ぎゃぁぁぁ。い、生きてるぅぅぅっぅ」
「もーー。いちいち騒ぎすぎよ、ノア!」
マリアがノアを大声で叱りつけた。
レオンは自分がおかしくなったのではないかと感じた。がくがくと身体が震える。レオンは勇気を奮い起こして、もう一度さきほどの少年のほうへ目をむけた。
串刺しにされた少年が、こちらに目をむけていた。
恨みがましさと、悔しさと、怒りに満ちた、悲痛な目だった。
少年が呻いた。
その少年はまだ生きていた——。
その目に涙がうっすらと滲み、頬をつたい落ちていく。
「あたし聞いたことあるの。前に潜った過去の世界で……」
マリアがその少年を見ながら言った。
「串刺し刑って、お尻から打ち込まれた杭が、自分の体重で少しずつ深く刺さって死んじゃうんだけど、先端が尖っていない杭だと出血死しないそうなの。で、臓器をゆっくり押しのけながら刺さっていくから、3日くらい地獄の痛みに苦しんで死んじゃうんだって」
「だ、だから……、だから三日だと……」
レオンはそう答えながら泣いていた。
それは目の前で緩慢な死を突きつけられた少年の心情を思ってなのか、単純にその刑の残酷さに怯えてなのか、もうわからなかった。
そのとき、ノアが喚き散らすように声をあげた。
「ここはどこなのぉぉ。いつの時代なのぉぉぉ」
それは単純な問いかけだったが、悲痛な嘆きにしか聞こえなかった。
「もう……、まったく『焼き串に串刺しされたように泣き叫ぶ』(Wie am Spieß schreien[ドイツの慣用句])んじゃなくってよ。ちょっとばかり頭を冷やせば、いまがいつの時代で、ここがどこかわかるでしょう」
そう言ってマリアは肩をすくめてみせた。そしてまるで面倒くさそうに、すこしだけ口元を曲げて言った。
「ここはたぶん15世紀のルーマニア、当時ワラキアって呼ばれていた国……」
レオンはハッとした。恐怖のあまりぶっ飛んでいた思考が、ふいに正常に戻ってきた。
「ヴラド・ツェペッシュ……」
マリアはにっこりと笑って言った。
「それしかないでしょ。本当に鈍いンだからぁ……」
「この国の王は、串刺し公『ヴラド・ドラキュラ(ドラクル)』よ」