第4話 人間の世界で起きたこととは到底思えない——
とたんに、横暴きわまりない腐臭が一気に襲いかかってきた。
レオンはすぐさま口と鼻を手で塞いだが間に合わなかった。
臭気は節度をわきまえない剛腕で、彼の手を引き剥がすようにして無理やり、からだの中に侵入してきた。
穴という穴……、目からも耳からも、毛穴からでさえ浸潤してくるような悪辣な臭い。
レオンは嘔吐く間も与えられず、その場に嘔吐した。御者台の下に吐瀉物が滴りおちる。
ノアが涙目でこちらに目をむけてきた。
「ひとが、ひとがぁぁぁぁ」
そう叫んだが、耐えきれずそのまま、その口から胃の内容物を吐き出した。
目からは涙があふれ、すべてが霞んで見えた。だがその目でも見間違いようがなかった。、光が届く範囲、道の両側を見渡すかぎり全部が、串刺しにされた死体だった。
死体の年齢は若者から老人までさまざまであった。だが、立派な身なりをしている者は、すこし小高い丘に打ちつけられ、いちだんと高い場所に晒されていた。おそらく総督や将軍など、トルコ軍の高位の階級の者なのだろう。
肛門から突き刺された杭はからだにいたるところから飛び出していた。杭の先が口から飛び出しているのは少数で、ほとんどは途中で皮膚を突き破って、肩や腋の下や胸、背中や腹から出ていた。
鳥や禿鷹に啄ばまれて、皮膚や肉が削がれているものはまだ新しいほうで、ほとんどの死体はとっくに腐乱していた。目や口や肉が落ちた部位には蛆が湧いており、そのまわりを蝿などの羽虫が集っていた。
天空から投げかけられた光から隠れるようにして、暗がりのなかのあちらこちらで腐肉が落ちる、ぼとり、ぼとり、という音が聞こえてくる。
地獄だ——。
レオンは狂気にかられそうになった。
視覚で『絶望』を見せつけられ、嗅覚で『死』を嗅がされ、聴覚で『終末』の足音を聞かされる。
人間の世界で起きたこととは到底思えない——。
「あら?。まだ二、三日くらいしか経ってない新しいのがあるわね」
荷台のうしろからマリアの声がした。屈託のない声。まるで昼過ぎまで呑気に咲いているジャーマンブルー(ドイツ朝顔)の花でも見つけたかのようだ。
レオンは恐怖に引きつったままの目で、マリアを見た。マリアは手をひさしのように額にかざして、遠くのほうまで目をむけているところだった。
「な、なぜ……」
「なぜ?」
「なぜ、わかる!」
レオンは歯を食いしばって、マリアにむかって吐き出した。だが勢いのあまり息を大きく吸い込んでしまい、また嘔吐きそうになる。
「なぜ……って?。ほらぁ……」