第236話 わたしの名前はゾーイ・クロニスです3
「ほうら、思ったとおり、二人とも優秀じゃないか」
聖が目を輝かして、おおきく手をひろげながら言った。ずいぶん顔が近い。ゾーイはまた抱きすくめられるんじゃないか、と思ってドキリとした。
頬がほてって感じられる。もしかしたら顔が赤らんでいるかもしれない。
かがりの、セイのガールフレンドの前でそんな姿みせたくない。
マリアが、意味深な目でウインクしてきた。ゾーイはあわててその場をとりつくろうように『そんな恥ずかしい。たいしたことじゃないですよ』と言った。
そのとき、エヴァのスマートフォンがブルルと震えてデータを着信した。エヴァは画面を見るなり、にっこりと微笑んで言った。
「聖さん。今ニュース速報がはいってきましたわ」
そう言うなり、全員の目の前に着信したデータを見せながら言った。
「今、レスリング・フリースタイルでジョー・デレクさんが金メダルを獲ったそうです」
エヴァの差し出したスマートフォンの画面を見るなり、マリアが言った。
「おいおい、『日本の小林、金メダルならず』とあるぞ、聖。おまえの大活躍のせいで日本は金メダル一個獲り損ねたみたいだな」
「えぇ。おかげさまでアメリカに転がりこんできましたわ」
「うーん、マジかぁ。まさかそうなるとはなぁ」
聖が頭を抱えながら弁明した。
ゾーイはSNSで姉スピロに連絡をいれようと、自分のスマートフォンを取り出した。それを見てマリアが「スピロに連絡するのか?」と訊いてきた。ゾーイは無言のまま頷いたが、聖がなんの邪気もない口調で言ったひとことで手がとまった。
「あぁ……。スピロにも会いたいなぁ」
すばやくマリアとエヴァがゾーイへ目配せしてくる。どきりとした。
この二人は一度会って姉の本当の姿を知っている——。
ふたりの目はこころなしか、ゾーイへ決断を促しているように感じられた。
ゾーイは口元をぎゅっと引き結んだ。
どうすればいい……。
覚悟していたはずなのに迷いで頭が混乱する。
迷ってる——?。
いや、迷ってなんかいない。頭に浮かぶのは、断り、否定、回避、先送りなどネガティブな決断ばかりだ。迷う余地をそれらで塗り固めている。
マリアがこちらを真剣な目でみながら小さくうなずいた。エヴァも確信をもった目で、縦に首をゆらす。
ゾーイは覚悟をきめた。張り付いた上唇と下唇を剥がすようにして口を開いた。
『セイさん。言っておかねばならないことがあります』
思わずごくりと咽がなる。
『姉は……、スピロ・クロニスには子供の頃から大きな障害があります——』
『姉は首から下が動かせません。会話も容易ではありません。動かせるのは首から上、それと右手の指先だけなんです』